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航-20 ずっと前から

 お父さんは車で来ていたから家まで送ってもらった。出迎えにきた鐘人さんと言葉を交わして、今度ゆっくり会おうと約束した。  鐘人さんは分かっていたように自分から話があると言ってきた。  午前七時すぎ。学校があるから長話できる時間はないけど、今話しておきたい様子だった。 「あの人達はよく喋るからな。いつもと違う集まりで囲まれるまではされなかっただろうが。……何処まで聞いたかは知らないが、最初から話そう」  オレと再会するまでの事を話してくれた。  予想していたより苦しくて悲しいものだった。  この人の性格は、七歳までの出来事で形成されたものなんだろう。良い人に引き取られたと思えばそこではそこで……。  異常な内容を変哲もない昔話のように淡々と話していた。その経験は想像できやしないけど、聞いているだけで悲しくなった。  ……確かに、悲しくはなったんだけど。  途中から、その、話の腰を折るくらいの声を上げたくなっていた。でもきちんと最後まで聞いた。 「――話はこれで終わりだ。聞きたい事はあるか」 「……あー、えっと……、じゃあいくつか」  喉元で混雑していた言葉を一気に吐き出すために、バンッとテーブルを叩く。 「オレのファーストキスって鐘人さんだったの!? 幼い子供になにしてくれちゃってんの!?  ハレンチだよッ!」 「俺も当時は十八の子供だったが?」 「それ結婚できる歳じゃんッ! ていうかオレがゲイになった原因って完全に鐘人さんではっ」 「否めんな」 「なんということでしょうッ!!」  ガバッと頭を抱えて伏せた。  恥ずかしすぎて顔が熱くなる。 「オレが面食いで中性的な顔立ちと長髪が性癖になったのも鐘人さんのせいね……」 「ほう……?」  皮肉を言ったつもりなのにただのカミングアウトになってしまった。ていうか、一番思う所は……。  腕を解いてまだ少し染まっている顔を上げた。目は泳いでしまうけど。 「……鐘人さんからだったの……、……すきになったの」  唇をすぼませながらボソボソ言うのをちゃんと聞き取ったのか、小首を傾げて口端を上げる表情をした。  オレは気が抜けていく長い溜息をはいた。  ずっと前から想い合っていたなんて。  嬉しすぎやしないか。  序盤の暗いものを最後まで聞くと踏んで身構えていたのに、どうにも気分がそっちに逸れてしまう。  言い尽くして気が済んだのでおもむろに姿勢を正した。 「話してくれてありがとう。鐘人さんのこと知れてよかった」 「……他に、思う所はないのか」  静かに聞いてくる目線と合って、ふと下を向いた。 「……悲しいと思ったよ。オレがもっと早くに会えてたらよかった、もっと前から鐘人さんの側にいれれば良かったのにって」 「初めて会った時は四歳だ。十分早いと思うが」 「生まれてくるのが遅かったよ。だってオレは、きっと……――」 「――おおおわりッ! もうおしまいッ!」  なんやかんやでそんな雰囲気になってキスの雨に降られて、本番が始まるのを頑張って食い止めた。  首元に寄せていた頭を起こすと微かに顔を歪ませる。不満そうですね。  学校行きますよ先生ッ!!  身支度して出ようとする時、鐘人さんは思い出したように振り向いた。 「来週の日曜、父に会う。航も来い」 「………へっ?」

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