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依-38 夢とゆめ

 野球部がまた一つ勝ち進んだ。応援には応援団やチア部、吹奏楽部が行っているので、彼等が学校で喜々として知らせてくれる。みんなが野球部の健闘に沸く様子を見ていると嬉しくなった。 「おめでとう」  昨晩、俺は夏道からの電話で聞いてそう伝えた。興奮気味に話す声を聞いていて、案の定というか、机に勉強道具を広げたまま寝落ちしてしまった。  会えない時も、外へ向かう姿やグラウンドにいるのを見かけては眺めていた。あいつは本当によく集中している。  歩幅を大きくして家に帰って、俺も自分の夢のためにペンを持った。  俺の夢は医師になること。  夏道が怪我をしたら自分が治せるように。  本当はスポーツドクターがいいんだけど、俺の頭は関心のない事は全く入れてくれず一旦距離を置いている。どちらにせよ医師でないとなれないものだし、まず大学受験がある。夢と決めた時から基礎勉強をコツコツとしていて、今年の冬休みから塾へも通う予定だ。  目指す場所なだけに、まだ自信は持てていないけど。 「わぁ、全然分からないわ」  机にかじりついているとすぐ側で囁かれた。  悪寒が走って思いきり頭を上げると母さんがノートを覗き込んでいた。目が合うとニッコリと笑う。 「ノックはっ?」 「したわよ〜」  まったくこの人は……。気づかなかった俺も悪いけど、返事を聞いてから開けてほしい。別にやましい事をしてるわけじゃないけど。  母さんは側に座ると教科書に手を伸ばして、開いていたページに指を挟んでからペラペラとめくった。文章ではなく図解の方を物珍しそうに見ている。 「勉強は順調?」 「……まぁまぁ」 「最初聞いたときは驚いたけど、すごく頑張ってるわよね〜。私に似て興味のないことは全然ダメなのに。健気よね〜」  俺を一番見てきて、よく知っているのは母さんだ。  進路については大事なことだから両親に話したけど、夢を最初に打ち明けた相手も母さんだった。  小学までか、俺は何でも母さんに話していて、何を考えてるのか、……誰を好きかも丸分かりだった。今更気を付けたところでこの人には全部知られている。  ただ、大きな問題があった。  母さんはふと教科書から顔を上げて俺を見ると小首を傾げながら笑った。 「貴方の本当の夢はお嫁さんになることなのにねぇ〜?」 「…っ! それっ、絶対誰にも言わないでよっ!?」 「うふふ〜〜」 「返事はっ!」  弧を描いて楽しそうに笑う人に何度目かの釘をさす。イタズラを企む子供に見えていかにも危うい。  航や海夏さんと違ってこの人は口が軽いんだ。口のチャックが緩すぎて閉めてもすぐ開く。大事な話には固いけど、恋愛関係は絶対に言ってはいけない相手だ。嬉々として誰かに話すから。  ……確かに一番の夢はそうだった。でも本当に最初だけで、医師になるという夢に変わったんだ。だから母さん以外の誰にも言ってない。  事実だから否定できないけど、これだけは昔の俺に言いたい。  よりによって、それをこの人に話すなよ……。  からかい交じりに当時のことを話す人を見て、深いため息が出た。

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