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航-21 六堂さん
鐘人さんのお父さんは、天四家の中では後ろ指を指される人だ。家を出てから戻ってきた後も、距離を置くようにみんな「六堂さん」と呼んで、養子として連れてこられた鐘人さんにも同じだった。
だから二人とも、お金目当てで近寄る人含めて身内とまともに話したことがないらしい。
話す機会がなかったから尚のこと良くない話や噂ばかり増えたんだろう。大人達が不穏な様子で話すのを見てたから、オレ自身も六堂さんの印象に良いものはなかった。鐘人さんから聞いた話で、更に。
初めて対面して、あまりのギャップに固まってしまうほど拍子抜けした。
「――……航君?」
「……あ、えっ、あっ、はいっ!」
声を張り上げてしまって咄嗟に口を覆った。ここは病院だった。六堂さんはそんなオレを見ると控えめに笑って目を細くした。
若々しい顔立ちに白髪交じりの柔らかそうな髪が第一印象だった。
眼鏡をかけた知的な男性で、柔らかい物腰と合わせて目を細くさせた表情に色っぽさを感じてしまった。今みたいなふとした仕草は鐘人さんを思わせる。
元からかは分からないけど華奢な体で、薄いグレーの病衣を着ていてベッドの背を起こして腰まで布団を掛けている。
鐘人さんの手が自分の背中に添えられたのに気づいて隣を見た。
いつも一つ結びにしている長い髪は下ろしている。目は真っ直ぐ六堂さんの方を向いて、徐ろに口を開いた。
「……俺の、恋人です」
「……っ!?」
個室のドアを開けて入るとすぐ目が合ったので距離を置いたまま軽い挨拶をして、オレがぼうっとしていた後に言われた。思わず口が大きく開いてしまった。
早速そんな紹介の仕方しちゃうのっ!?
いいの!?
同性とか未成年とか身内とか先生と生徒の関係とかありますけどっ!?
聞いた六堂さんも驚いたように目を開かせたけど、すぐに嬉しそうにして微笑んだ。
そりゃ驚きますよね、でも切り替え早くないですか。何故そんな早く受け入れた様子なんですか。
そういえばこの親子の関係も普通ではなかったな、と思い出して納得してしまう自分もいるけど……。
どんな顔して会えばいいか悩んでいたのに余計居た堪れない雰囲気の中でモジモジしていると、側にある椅子へ手を差し出されて、少し掠れた低い声で「どうぞ」と言われた。
鐘人さんを見てから同時に腰掛けた。
「本当は、初めましてではないんだけどね。覚えていないだろうけど、君がまだ赤ん坊の頃に会っていたんだ。大きくなったね」
「は、はい……」
「改めまして、鐘人の父で六堂利秋 と言います。息子がお世話になっています」
「あっ天四航です、こちらこそ色々とお世話に……」
ぎこちない態度のオレに対して、六堂さんは和やかな空気を漂わせて微笑んでいた。
すがるように隣をちらりと見ても目が合うだけで、自分の用は済んだと言わんばかりの態度で静かにしているので内心呆れた。
アナタが連れて来たんでしょうにっ!
その後、鐘人さんとの暮らしぶりや様子などについて質疑応答みたいな会話が繰り広げられた。
終始嬉しそうに聞く姿に緊張がほぐれていくのと同時に、この人が鐘人さんにした事を思うと、積もっていく戸惑いを隠せずにいた。
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