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航-22 親子の姿

 オレの様子に気づいた六堂さんは鐘人さんと目を合わせた。  鐘人さんが頷いてみせると、眉を下げて表情を曇らせた。 「そうか……。私の事は既に聞いていたんだね。すまない……、気分を悪くさせてしまっているのに気づかなくて」  口を開いたものの、なんて言っていいか分からずに俯いてしまう。膝に乗せていた両手を固く握った。 「私には妻がいたんだ。結婚して間もなく交通事故で亡くしてね。……辛く落ち込んでいた時期の中で鐘人に出会ったんだ。眼を見張る程、妻の面影を見た。私達に子供がいたらこんな子だったろうかと……。運命を感じて引き取って、限りなく愛情をかけて大事に育てていた、……つもりだった」  さっきまでとは打って変わって苦しそうな表情だ。オレは見ていられずにまた顔を下げて、話す声に耳を傾けた。 「私は気がおかしくなっていたんだ。妻に与えられなかった愛情までも注ぐように……。まだ幼い、傷ついていた子供に対して……酷いことをしてしまった。決して許されない過ちを犯した。気づくのも遅すぎて悔やんでも悔やみきれない……」  本人の言う通り、鐘人さんにした事は許されることではない。  でも、この人も辛い人生を歩んできたんだろう。  鐘人さんを救ってやりたいと思っていたのに、自分自身が救われていた。互いの傷ついた心を癒すように寄り添っていたという。  常識的にはおかしな関係が、二人にとっては深い絆になっているんじゃないかと思ってしまった。  父親が話す姿をずっと静かに見つめている鐘人さんを見てそう思った。会う前に話を聞いた時も、恨むどころか嫌っている様子なんて少しもなかったから。  聞いてるオレまで息苦しさを覚えて、掛ける言葉はいつまでも見つからない。 「鐘人が自ら何かをしたり自分の事を話してくれなかったのも、私がそうさせていたと分かってそれも申し訳なかった。……そんな息子から、会わせたい人がいると聞いて、こうして紹介までしてくれて、とても嬉しいんだ。親として……、心から安心出来たんだ」  潤む瞳を伏せて「息子を想ってくれてありがとう」と、頭を下げられた。  見つめることしか出来なかった。  どうしようもなくて、ただ深く頭を下げた。  暗い雰囲気のまま、別れの挨拶をした。  早く外の空気を吸いたくて先にドアに手をかけたけど、鐘人さんがついて来ないのに気づいて振り返った。鐘人さんは来た時と同じように六堂さんの方を見つめていて、口を開いた。 「俺は、貴方に引き取られてから幸せでした。歪んだものだとしても、確かな愛情だと思っていたから」  窓からは澄んだ秋空が見えていた。  あいも変わらず平然としていたけど、橙色に近づく黄色い逆光で照らされたその表情は、純粋そのものだった。 「……俺は、きっと……、貴方の為に生まれてきました」  六堂さんの開かれた瞳から、光るものが零れおちるのを見てしまった。眉を寄せて、隠すようにうつむいた。  オレは二人の姿を眺めていた。  この時に初めて、二人が確かな親子に見えた。 「これからは、航の為に生きて行きます」  その言葉を最後にお辞儀をして一緒に病室を出た。  背後から咽び泣く声が聞こえたけど、振り向かずにドアを閉めた。

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