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鐘人-6 誰が為
――「生まれてくるのが遅かったよ。だってオレは、きっと……」
航の笑顔は昔から変わらない。
俺とも違う辛い経験をしたのに、その表情だけは陰り無く眩しく無垢なまま。
俺は自分自身も歪んでいる者と思っていた。
この子を汚したくないと思いながらも、好きになってしまった。欲しいと、側に居たいと、願ってしまった。
想いを寄せられていることに気づいた時は心から嬉しく感じた。
再会後に一緒になれてこの上ないと、十分過ぎるほどに。
「オレはきっと、鐘人さんのために生まれてきたんだ」
何も、言葉にならなかった。
黙ったままでいると航が困った顔で慌てだして、テーブルに身を乗り出し手を伸ばすと頬に触れてきた。
言われて自分が涙を流していることに気づいた。
口からは何も出て来ずに、その手に自分の手を添えることしかできずにいた。
あの時の気持ちは何にも変え難く今も言葉に出来ないが、俺自身にも、そう言える相手が居た。
俺を暗闇から救ってくれた人。
育ててくれて、心からの愛情をくれた人。
父に。
「――……俺は、きっと……、貴方の為に生まれてきました」
言えた時、俺はきちんと笑えていただろうか。
確かな想いは伝えられただろうか。
俺は貴方に似ず表情が硬いから。
涙を零した貴方も、あの時の俺と同じ想いを感じたならいいのですが。
病院の外へ出ると、航は手を上げて伸びをしながら大きく息を吸った。
「はぁあ〜〜。やっと気が抜けたぁ」
「紹介するだけのつもりだったんだが……。苦しい思いをさせてすまない」
「三人合わせて複雑な関係が過ぎるのに紹介だけって、無理でしょうよ。鐘人さんってやっぱり色々抜けてるよね〜」
振り向いて、口端を上げていても伏せ目がちに言われた。
否定はしないが、正直あそこまで空気が重くなるとは思わなかった。
「……でも、あれにはビックリしたな。オレの台詞使ったでしょ」
その言葉で目線を戻すと、笑みに変わっていて頬を染めていた。
微笑みで答えて側へ歩み寄る。
指の背で頬を撫でて、こそばゆそうにクスクスと笑う姿を見つめる。
「……航」
「なに?」
俺の言った言葉を、俺以上の気持ちを込めて返してくれた。珍しく周りを気にせず手を繋いでくれた。
歯を見せて笑う航が昔から何よりも愛しく、好きだ。
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