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航-23 向き合いたい人

 帰りのバスでは一番後ろの席に並んで座った。隠しながらも恋人繋ぎをしている。  病室から出る前に言っていた言葉を思い出して、鐘人さんを見た。 「オレの為じゃなくて、自分の為に生きてほしいんだけど?」 「悪いが、性分だ」 「そんな笑いながら言われちゃあ、なにも言えないじゃんか」  オレは鐘人さんの事を知りたかった。過去も全部引っくるめて受け止めたかった。  いざ知ってしまうと、その形や重さにどう受け止めていいか分からずに戸惑ってしまったけど、それでも一緒に居たい気持ちは揺るがずに想いは強くなった。  もう二度と逃げたいとは思わない。  言えずにいた言葉を伝える勇気が今日出来た。  愛しい人に声をかけて、握っていた手をぎゅっとさせる。 「嫌だと思った事は、誰の頼みでももう聞かないで。必要とされても、オレ以外の人とこんなことしないで」  鐘人さんは僅かに微笑みを浮かべると優しい声音で「分かった」と答えてくれた。  誰の言葉も受け入れて断らないこの人へ頼み事をするのは、命令をするようで嫌だった。この気持ちも、一方的に縛るようで気が引けた。でも……。 「オレ……、鐘人さんのこと独り占めしたいんだ」  言ってしまうと照れくさくてはにかんだ。  徐に手を引かれて、手の甲にキスされた。下ろしている長い髪を揺らして微笑む表情に目も惹かれる。  その姿の意味を知った後だと見方が変わって悲しいけど、オレは好きなんだ。  ガタンッと、バスが大きく揺れた拍子に鐘人さんが体を被せてきた。  前席の背もたれで身を隠してキスをした。  ふと、服の下へ手を忍ばせてきたのに気づいてパチっと眼を開けた。 「どこ触ってんの…っこんなとこで始める気ですか……っ」 「ダメか」 「いや普通にダメだから……家に帰ってからっ」  自分達以外に乗客はいないけど運転手がいるのだから、いやこんな所でする事態考えられないでしょう。キスが限界です。  オレの言葉にふと顔を上げると少し考えるそぶりをしてから見下ろしてきた。 「……嫌だ」  確かに今しがたオレの言った事に従ったんだろうけど、マナーとモラルも考えて欲しい。  微かにニヤリと笑ったのを見逃さなかった。この人は本当に大人ですか。 「ここでそれ言わないでよ……っ」  本気でおっ始めようとした人を制して座席に座りなおさせた。  何食わぬ顔で窓の外を眺めているけど、下を見れば焦ったそうに指を動かして絡ませてきていて可愛い……、じゃなくて呆れた。  正直に言ってしまえば、この人なりの求め方が何とも可愛くて、たまらなく愛おしい。  帰ったら存分に好きにさせようと思いながら手を握り返した。

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