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依-42 夏道のお母さん
気が付いたときは未明で、夏道もまだ寝ており俺の代わりに掛け布団を抱き枕にしていた。
俺は何も掛けずうずくまった状態で眠ってしまったようで、身体中硬まって痛い。寒い。
足元にある自分用に用意されていた掛け布団を引っ張り二度寝を試みようとした時、キィ、と静かにドアが開く音を聞いた。
振り向くと、少しだけ開かれたそこに見慣れない女性が立っていた。
てっきり海夏さんと思ったので思考停止していたら向こうから軽く頭を下げて挨拶した。
夏道のお母さんだ。
やっと気付いて正座してお辞儀をすると、小さく微笑んでくれた。
「あっ、起こしますか?」
こんな時間に会うものだから急用と考えて、言いながら寝てる奴を指差した。起こせるかは分からないけど。
おばさんはハッと表情を強張らせて首を横に振った。
徐ろに膝を落とすと、首を伸ばして夏道の様子を伺ってから小声で話しかけてきた。
「……起こさなくて大丈夫。少し顔を見たかっただけだから……」
「あ、はい……」
「依君よね……? 久しぶりね」
「はい、お久しぶりです。今日は夜勤ではないんですか?」
「いえ、夜勤よ。夕方から。昨日はお休みだったの」
「そうだったんですか。今日学校休みだから、夏道も久々に顔見れますね」
二人は親子だけど顔を合わせる時間は前から少なかった。
勿論俺も言うまでもない。高校入学式の終わりぎわ、体育館の後ろのほうに居たのを見かけた以来だ。
完全に夜型の生活をしているからこの時間でも疲れた様子はないけど元気はなさそうに見える。大人しい人だからそう感じるだけかもしれないけど。
「あ、夏道、大会で準優勝だったらしいですね。聞きましたか?」
「えぇ……、実は観に行ったの。海夏と……」
「えっ観に行ったんですか?」
羨ましい。
じゃなくて、おばさん観に行ってたのか。もしかして……。
「もしかして、今までの試合とかも観に行ってたんですか……?」
おばさんはふと眉をハの字にさせて苦笑いを浮かべた。
「全部ではないけど、行ける時にこっそり観に行ってるの」
「そうだったんですか……。こっそりって、夏道は知らないんですか?」
「えぇ。言ってないの……」
どうして、と言う言葉は思わず飲み込んだ。
何となく挙動不審になっているのが引っかかる。会えない時間の中で出来てしまった心の距離でもあるんだろうか。
夏道が話そうとしない事にそれも含まれている気がして、家族でない俺には踏み込めない線を感じた。
すぐ側で眠っている息子のこいつがまだ顔も見れていないのに、これ以上話をするのも気が引けた。
おばさんが立ち上がってドアノブに手を掛けたのを見ると、優しい笑みを向けられた。
「海夏から聞いてるわ。これからも、……夏道と、仲良くしてやってちょうだいね……」
「えっ……」
手を伸ばしかけたけどドアは音を潜めて閉められた。
まって。
海夏さんから何を聞いたんですか。
何をどこまで聞いたんですか。
……いや、俺が待て。
今おばさんに聞いたら墓穴を掘る気がする。
普通に考えれば「友達として仲良く」という意味で言ったのだろう。
落ち着け、俺。
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