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依-40 友達

「……あのさ」 「……な、何……」  何を言うのかと硬直して耳を傾けた。 「お前の唇さ、何でそんなやらかいの」 「……は?」 「俺のガサガサだろ」 「……リップ、塗ってる」 「は? リップ塗ってんの?」 「男でも乾燥するだろ……。俺は簡単に保湿するくらいだけど、男性用の化粧品も売ってるし」 「へぇ」  抱擁したまま、なぜこんな話をしているんだ。意図が全くもって分からない。  脳が働いてくれずただ質問の答えしか出てこなかった。ていうか、聞いたくせに興味無いような返事をするなよ。 「……なんで今、……きき、……すしたの」  イラっときた腹いせに質問を返すつもりが吃ってしまった。  夏道はピクリと反応して、ゆっくりと離れた。 「なんとなく」  表情はあまり無く、目を逸らしながら言う相手に呆れ返って顎を落とした。  こいつの感覚は昔から危ないけど、今回ばかりはきちんと言ったほうがいい気がする。 「き……すは、恋人同士がするんだからな……?」 「……友達でもするだろ」 「……口にしようとしただろ」 「……」  前の件で更に距離を近くさせてきたのは正直嬉しかったけど、でも、流石に駄目だろ。  これは、不味いだろう。  だって俺達は……。 「……キスはしちゃダメだろ。友達……なんだから」  俯きながら言葉にした。  当たり前の事だ。  思っていた事だ。  でも、苦しくなる響きだった。  どんなに特別で距離が近くても、付き合っている関係を作っても、あくまで俺達は友達なんだ。  その現実を、本人を前にして言った今、気づいてしまった。  俺はとっくの昔から夏道のことを「友達」なんて思ってなかった。  胸が詰まって黙っていたけど、夏道も黙っている。顔は勿論上げられない。 外灯の下でも、暗い雰囲気で二人共佇んでいた。  先に動いたのは夏道だった。  もう一度静かに抱き寄せて首元に顔を埋めてくる。  ぽつりと呟かれた言葉に目を閉じて、こらえていたものを零しながら頷いた。  ――「こうするのはいい……?」  大柄な体でもまだ高校一年生だ。だから、あどけなさが残る弱々しい声も出す。  今の顔を見られないように、その背中に手を回して指に力を込める。  夏道は暖かいけど、溢れる涙が冷たい空気に当てられてどうしても寒かった。  こいつは友人だと、この気持ちは友愛だと言い聞かせて誤魔化していた。  俺にとって夏道は友達なんかじゃない。  俺の「好きな人」だ。  今までも、これからも。いつまでも。

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