100 / 161

夏道-18 我慢の仕方

 母さんの声が聞こえた。  夢の中だと思ったけどよく聞こえて、依の声もして二人が話していた。  俺は何故か抱き締めていた布団で顔を隠して聞き入っていた。  穏やかな、優しい声色だった。  その声で自分の名前を言われたのを聞いて、胸の底から込み上げる何かを感じた。  嬉しかった。  試合を観に来てたなんて知らなかった。  姉貴はなんで教えてくれなかったんだ。 「……走りに行くんじゃないの」 「まだ目覚まし鳴ってないし。ていうかさ……」  ちゃんと目が覚めて、思い出したように依を抱き締めなおした。  首筋へ手をやるとピクッと首をすくませた。 「お前抱いてたはずなのに、なんで俺布団抱き締めてたの」 「……知らない」 「こっち向いて」  顎に触れて向かせようとしたら耳を赤くして自分から向いた。不機嫌に眉を寄せて黙ったまま睨んでくる。  可愛い。  あの時の顔も可愛かったな。  でもアレは、やっぱりマズかったか。  けどあんな、溶けたチーズみたいな顔見たら、自然に目線が口に行って吸い寄せられたというか。  自分の手も添えて気持ちいいとか言うし。珍しく素直で可愛すぎた。  唇が震えたのが気になって目を合わせるとすごい警戒してたから、踏み止まったつもりだった。  ほっぺにチューは……、俺の柄じゃないけど。  今思い出しても小っ恥ずかしい。  向き合うように身体を並べて、依の顔を真っ直ぐ見つめた。  目が泳いで俯いてしまうそのいつもの可愛さに顔が緩む。 「……なにニヤついてんの」 「別に?」  手を出して頬を撫でた。  抱き締めたり触るのはよくて、友達だからキスはダメとか、コイツの感覚もちょっと可笑しいよな。  友達にこんな事する訳ないのに。……って、ただの友達と思ってた相手に色々してた自分が言うのも可笑しいけどさ。 「……依」  好きって言ってもいいかな。  恋愛も含めた意味の「好き」を言ってもいいかな。  こんな可笑しな関係だから言っても大丈夫な気がするんだけど。  ダメかな。 「……俺のこと好き……?」  耳にしたコイツは目が見開いて一気に顔を赤くした。  答えを待っていると、目を逸らしながら頷いた。  うん。  十分両思いな気がするんだよな。恋愛的なものがなくてもさ。  前に依が俺の人生にずっと関わってくれるとか言ってくれたし。  一生側に居てくれるのは本望だから、それで十分だと思ったし。  別にキスとかセックスしたいって強く思ってるわけでもないし、全部俺のモノにしたいとか欲張ったらいけないよな。  うん。  自分の気持ちを整理し終えると触れていた手を腰まで下げて抱き寄せた。互いの体に挟まった腕をもそもそ動かしてるのを見て、掴んで自分の体に回させた。頭から足の先まで、全身でこの温もりを感じた。 「…っ…近い……っ」 「嫌?」  一々ビクついていたのが静まった。 「嫌……?」  頭頂を見ながらまた聞くと、力む腕はそのままに僅かに首を横に振るのが分かった。  コイツは昔に比べてかなりの恥ずかしがり屋になった。  そういう所も可愛いけど嫌がることはしたくないから、これからは逐一きちんと聞くことにしよう。  耳が赤く熟れていてさっきから目が離せない。 「依」 「……なに」 「耳舐めていい?」 「はあっ!?」 「声でけぇよ」  ダメか。

ともだちにシェアしよう!