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依-44 機会はあるか

 早朝の日課を済ませた夏道と朝食を食べ終わり、正午までの時間を部屋で過ごしている。  夏道は溜まっていた未読の漫画を読んでおり、俺は……、その本と夏道に挟まれていた。  腕の中に俺を引き込んでそのまま漫画を読み始めた。一瞬、既視感のある体勢に固まったが平常心は手放さなかった。 「……読みづらいだろ」 「別に」 「ていうか、何……」 「寒い」 「布団被れば」 「うん」  俺より体温ある人が何を言う。寒い外でも、走って温まったんじゃないのか。  既に集中しているから何を言っても無駄だけど、俺は何もできない。  目の前で捲られるページを見ても展開についていけない。野球漫画なのは分かる。  仕方ないので、出来なかった二度寝でもしようとモゾモゾと動いて足を伸ばした。頑丈な背もたれがあるので頭の居心地のいい場所を探して落ち着く。  夏道は読み耽って気に留めていない。  瞼を閉じて眠りに入ろうとした時、お腹が少し圧迫されるのを感じた。 「寝るの?」 「……する事ないし」  ぼんやりしながら答えると、回された腕に力が入って抱き直されてビクッとした。  けれどすぐ離れて漫画本に戻ったのを見て、神経を張りながらも再び瞼を閉じた。  背中から感じる温度と呼吸で揺れる体でうとうとし始める。無事眠れた。  この姿勢での寝心地は良くないが、腕の中に居れるのは、嬉しいと思う。  夢の中でも夏道の側にいた。  俺から手を出して抱き締めたのを第三者目線で見ていて、恥ずかしくなって目を逸らした。  願望でも映しているのか。  自分からなんて、望んでいても恥ずかしくてできっこ無い。  夢の中でもこう思うのだから現実では余計無理だ。  ……でも、いつかはできるだろうか。  気持ちを伝えた後も一緒に居られるなら、いつか。  この仲の良い二人の姿は未来の自分達だろうか。それともただの夢だろうか。  羨ましくて、溢れる気持ちが涙になって落ちていった。 「──依」 「……夏道」  目が覚めても夏道の側にいた。  眠った時と変わらず腕の中にいて、顔を覗き込まれている。  頬が濡れているのを指摘されて鮮明に残る夢を思い返した。  側にいるのに、どうしても苦しいまま。  適当に嘘をついて涙を拭った。  夏道が予定で出かける時間になり、同時に出て帰ろうと靴を履いていると呼び止められた。  携帯の画面を見ながら手を伸ばして引き止めてくる。 「今日の予定無くなった」 「……そう」  この時点で嫌な予感と淡い期待が湧く。 「そっちの予定なに?」 「帰って勉強」 「バッティングセンター行かね?」 「……勉強」 「たまには息抜きしろよ」  悪あがきで断ろうとしても結局押しにやられた。  こいつの息抜きまで野球なのも可笑しな気がするけど。まぁ、夏道らしいな。  通い慣れた場所へ赴くと、夏道は軽く素振りをしてから早速打ち始めた。俺はベンチに座って、緑色のネット越しの姿をぼうっと眺める。  もう限界なのかもしれない。  だからと言って、どうする。  思いを受け入れられなかったとしても困らせてしまうのは確かだ。  夏道は年中野球に勤しんでいる。気を惑わすような事があれば試合にも支障が出てしまうかもしれない。  邪魔はしたくない。  言えるとすれば、この冬……かな。  俺はもう、友達でいるのがつらいよ。

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