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誠志郎-12 黒色家
楽しそうに話すのを見て、これが面の下の素顔なんだろうかと思ったりする。
初めて看病してやった時にこんな状態で告白してきたのはかなり驚いたもんだ。
全快後は言ったことを覚えてない様なので、まるで酒に酔った姿にも見える。本当に酒を飲むようになればこんな風になるんだろうか。
それはそれで迷惑だな。俺について他人に言いふらして欲しくない。本人が覚えてなくても聞いた側は覚えてる。
俺が大人しく看病を買って出るのも、このワケもあるからだ。
「……あ、あと…手も好き」
「頼むから寝てくれ」
俺のどこを好きかポツポツと並べ立てられるのは流石に恥ずかしいと言わざるを得ない。ていうか黙って聞いてる必要無かったわ。
立ち上がってお盆に手を掛けると静かに裾を摘ままれて、見つめられるとどうにも気が揺れる。
布団をまた頭まで掛けて視線を遮り、なだめるようにポンと手を置いた。
「具合悪いんだからちゃんと寝ろ」
可笑しそうに笑う声を背に部屋から出た。
閉じたドアにもたれて溜め息を吐く。
好きと言われるのは嫌ではないけど、堂々と好意を向けられるのは正直困る。
隣に居ながら真顔で考えてたことなんて知りたくなかった。最近は特に俺が居た堪れなくなっている。
立ちすくんでいると、足元に黒いものがすり寄ってきた。
「クロさん」
明かりの付いてない暗い廊下で光る二つの瞳に気づいて、お盆を持ち変えて手を伸ばしさらっと撫でた。
五色家は、ゴロウと黒猫のクロさんの二匹を飼っている。
この子は六歳の雌で、ゴロウが来てからさん付けで呼ばれるようになった。落ち着いた性格で違和感はないので俺もそう呼んでいる。
クロさんは、なぁ、と鳴いて先に階段を降りて行った。多分ご飯の催促だろう。
一階のリビングへ入ると同時に、じゃれてくるゴロウを軽くいなした。キッチンの洗い場に鍋等を置き、上の棚から猫用の餌箱を取って、壁際の床にあるグレーのシンプルな餌皿に少しだけ入れた。朝ご飯は食べたはずだからこのくらいで良いだろう。
「わぁ〜ったから、先これ洗わせてくれよ」
突進とも言える構って攻撃を脚に受けながらなんとか洗い物を済ませた。終えて息つく間も無くゴロウが膝の上に乗っかってくる。
「散歩はもう行ったんだろ?」
変わらず尻尾をブンブン振るので、ソファーの隙間に挟まっていたボールを手にした。
掲げて見せれば膝から降り爛々 と臨戦態勢をとる。笑いながら廊下に向けて投げた。フローリングに爪の音を立ててまっしぐらに走っていく姿は面白くて可愛らしい。
ソファーの背もたれに身を任せてやっと一息ついた。すぐ戻ってくるけど。
「ただ今帰りました。お兄ちゃんの具合どうですか?」
帰ってきた家人の一人が、ソファーで横になってテレビを見つつボールを投げ続けている俺を見下ろしてきた。
真顔の雰囲気が兄である大護そっくりだ。
ぼったりと着ている黒パーカーはお下がりで貰ったと言っていた。セミロングの真っ直ぐ垂れる黒髪と低身長の細身体型で妹だと分かるが、中性的な容姿だ。
多色な苗字の割にこの一家は黒色が好きらしい。置いてある小物や人含めてほんと黒ばかりだなと思いながら、上体を起こして「おかえり」と言った。
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