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誠志郎-15 とんだ食わせ者
普段の静かに射抜くような視線ではないが、不意のことで顔が強張る。
大護は目を細めて微笑んだ。
「俺で頭いっぱいになってるその顔は、すげぇ好き」
……は。
「はぁ……?」
その話続いてたのか。
お前でいっぱいになってるだと、ちげぇよ、その目がなんか怖くて逃げらんねぇだけだ。絶対言わんけど。
「なってねぇよ。ただ……、とにかくなってねぇから」
「最近、俺を気にするだろ」
「……お前が見てくるからだろ」
「前までは隣にいてもずっと俺は空気だった。それはそれで別に良かったけど、今みたく目ェ合わせる回数増えて、嬉しい」
……そんな気がしないでもない。着替えだって、気にも留めたこと無かったし。
でもそれはお前があんなこと言ったからだろ。
知れず目が下を泳いでいると、小さい笑い声がした。普段の低い声で軽く出てくるその笑い方は、俺の耳をくすぐってむず痒い。
顔を上げて見ればその表情はすっかり柔らかくなって嬉しそうにしている。
「やっぱ、告白してよかった。俺を見るようになったから」
気が揺れるのはいつものコイツじゃないからだ。
顔が熱いのは風邪が移ってしまったか。
「いつか、全部俺のもんにする」
微笑っていても目の奥はやっぱりなんか怖くて、たまらず目を背けた。
「顔赤いですよ」
アイツの前には居られず部屋から逃げ出した。
暗い廊下で気持ちを落ち着かせていたらお茶のコップを手に持った一華ちゃんに声を掛けられた。
「あ、あぁ……。アイツの熱、移ったのかも」
「……そうですか。明日は頼めそうにないですね。誠くんまで風邪を引いたら…」
「あー…いや、来るよ、任されてるから。一応マスクは付けるわ」
「律儀ですね」
「はは……、でも今日はもう帰らせてもらうね」
「はい。ありがとうございました」
足に引っ掛けそうになったクロさんを軽く撫でてから、気持ち急ぎ足で脱衣所の洗濯カゴに服を落とし入れてモノトーンの家から出た。
心臓に悪い。
なんで動悸が静まらない。
自宅はすぐ側だけど、左側の坂道に逸れてランニングコースを走る事にした。
露出する手や顔に秋風が刺さる。
坂を駆け上ってしばらく走って、途中の小さな公園の前で勢いが止まった。ゼェゼェ息を荒くして膝に手をつく。
上体を起こすと同時に大きく息を吸って、吐いた。
心臓が落ち着いても頭の中は、認めたくはないがアイツでいっぱいだ。
平然とした面の下でなんて事考えてんだよ……ッ!!
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