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誠志郎-16 寝言は寝ても言うな
「……誠」
声のした方を向くと目覚めた大護と目が合った。
すぐ逸らして、ベッドを背もたれにした姿勢を直しつつ手元の漫画に目線を戻す。
マスクを付けてきたから俺の顔が変になるのを見られはしない。
「今何時……?」
「十時過ぎた。具合は」
「……だるい」
「なんか食う?」
「……うどん」
「ん」
部屋から出る口実が出来てサッと漫画を片付けた。
俺の態度は変じゃないよな?
キッチンに立って、水を張った片手鍋をガスコンロに乗せる。カチカチと音を立てて火がついたのを確認するとマスクをずらして息をついた。
昨日のうわ言は流石にやられた。
はっきりし過ぎてうわ言と言えない気がするが。
あれ以上何を聞かされるのか色んな意味で怖くて来たくなかったけど、責任感に首根っこを掴まれて足が向いた。
つくづく面倒な性格だわ。
「──沸騰してます」
「えっ?」
不意の声で我に帰って慌てて火を消した。
冷蔵庫から出しておいた冷凍うどんを入れる。
器を用意し忘れたのを思い出して向かい側の戸棚に手を掛けた時、うどんスープの粉末が入れられた器二つが目についた。
隣の子が控えめにグーサインしていて思わず苦笑いする。
「一華ちゃんも朝飯まだだったんだ」
「はい」
「休み明けにテストあるんでしょ? 勉強どう?」
「まあまあです」
「手伝おうか」
「大丈夫です。お兄ちゃんを頼みます」
「そう……」
別に、アイツに付きっきりでいる必要は無い。
二日目だし寝ときゃ治るんだから寝かせてればいい。うどん持ってったら帰るまでリビングにいよう。
器にお湯を注ぎ粉末スープを溶かしてうどんを入れる。特に入れられるものがないから冷凍の刻みネギだけのせて完成させた。
出来立ての一品目をそそくさと持って行かれる。
「いただきます」
「熱いから気をつけてね」
「はいお父さん」
「誰がお父さんだ」
二品目のうどんをお盆に乗せて部屋へ行くと、大護はまだ横になっていた。
「食うんだろ?」
「……うん」
のっそり体を起こすとベッドから降りて座った。箸を取って小さくいただきますと言って食べる一連を、ぼーっと眺めてしまう。
大護は気付かずに黙々と咀嚼している。
妹ほどじゃないが兄のコイツも無口というわけじゃない。言う事は言うし試合中も声を出す。
ただ表情筋だけ無い奴だと思っていた。
読み取るまでもなく見れる表情や、笑うのは特に驚かされる。
「……お前ってよく笑うよな」
テーブルに頬杖をつきながらぶっきら棒に呟くと、うどんをすくう箸が止まった。
「そうなの?」
「自覚ないのか。具合悪い時だけだけど」
「分かんない。夢見てる感じでふわふわしてるし……。あ、誠がずっと側にいるからじゃないの」
「あー、うんごめん黙って食ってていいよ」
適当に話ふっかけて墓穴を掘ってしまった。
「夢、ね」
そんな風に思ってるなら、言ったことを後日覚えてないのも頷ける……か?
横に流した視線を戻すと反射的に体が固まる。
じっと見つめてくる視線はやっぱり、捕らえて放すまいとする静かな意力 があって怖い。
笑う姿も苦手だ。
「夢でも現実でも、誠が側にいるのっていいな」
マスクしててよかった。
自分が今どんな顔してるかなんて俺も知りたく無い。
「……もう黙って寝ろ」
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