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依-51 始まりの記憶

「ぼくね、なつみがだいすきなの。ずうっといっしょにいたいの」  柔らかな頬が落ちるような笑顔でよく言っていた。母さんも笑って聞いてくれて、将来の夢まで話した。  当時の俺は物事の理解が早かった。知ってしまうと全てを理解して、先のことまで考えてひどく悲しんだ。 「ぼく……、なつみのおよめさんになれないの。赤ちゃん、うめないから……」  幼いからそういう常識はまだ教えず楽しく聞いてくれていたのに、自分で悟って泣くの見て、母さんまで悲しい顔をした。その時のことは今も覚えている。  すごく悲しくてたまらなくて、友達のままでもいいから一緒にいたいと望んだ。  雪が降った。  どおりで今朝はよく冷えると、いつも以上に早く目覚めた。小さな粒がちらちらと舞いおちるのを見て窓の結露を撫でた。  今日の塾は午前の二時限のみで、今年はそれで一旦終わる。時間まで散歩でもしようと朝食は軽く済ませて家を出て、ひと気も無く霧のかかる道を歩いた。  雪が頬におちて、ヒヤリとしたすぐ溶けて水滴になる。この地域ではほとんど積もることはない。  葉をなくした木々も寒そうにして、アスファルトの地面は濡れて少し滑りやすい。足元に注意ながら一歩一歩、寒さを感じながら進んだ。ダッフルコートのポケットに入れてきたカイロが心地良い。  何となく赴いたのはいつもの場所だった。  夏道とよく待ち合わせをしていた場所。最近では公園が多くなったけど。  ここでの記憶は沢山ある。  ずっと見ていたのがあいつの顔だけでも、ここを通る風や、擦れ合う葉の音を鮮明に思い出せる。  湿った土の匂いが冷たい空気と一緒に鼻を通った。当たり前だが、夏とは真逆の景色だ。  今年の夏まで遠い記憶のように思う。  押し殺した気持ちがグラつき始めてから決壊するまで早かった。折角、前までの俺が何年も頑張って耐えていたのに。 「さむ……」  思わず身震いして声に出た。  取り出したカイロを両手に包んで温まりながら、ふと山道の入り口を見やる。  その先へ行ったことはない。まだ時間があるので暇潰しにと足が向いた。  数歩目で坂が意外に急なのを感じる。車一台通れる程度の道幅を、滑らない様に気をつけながら登ると、一本目の分かれ道には誰かの一軒家があった。さらに進むと脇に崖も見られて、結構な山道だったのだと分かる。  でもどこか見覚えのある道のりだった。登ったことがあっただろうか。  もう暫く歩くと立看板が目に付いた。浄水場と書いてあり、小学生の頃ここへ見学に来たのを思い出した。  懐かしくなって、フェンス近くまで寄って奥を覗いてみる。  そういえば、ここまでの道はマラソンのコースとして走った事もあった。少しひらけたここで休憩していた。  どっちの時も夏道と違うクラスだったから、俺は一人で居たんだ。  あいつと一緒じゃなくて寂しくてぼんやりしていた気がする。いつもあいつの事ばかり考えていた。  今もか。 「どうする、おまえ、……両思いだってさ」  昔の自分に呟いてみた。きっと最初はすごく嬉しそうにして、けれどすぐに眉尻を落としてしまうだろう。  今の自分と同じ顔をすると思う。 「依ッ!」  突然響いた声に驚いて、気づけば雪はやんでいた。  振り返ると夏道がいた。

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