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依-52 ためらう理由
道の真ん中に夏道が立っている。走って登ってきたのか息を荒くして、眉を寄せながらこちらを見ていた。
目が合って、一歩踏み出された時に思い出す。
「ス、ストップ……ッ!」
咄嗟に片手を突き出して静止させた。
見たのか。
文化祭の時より見苦しいあれを。
もう見たのか……?
こいつは昨日合宿から帰ってきて、大分疲れたのかずっと寝ていると聞いた。今日もまだ朝早いから携帯も確認していないだろうと踏んでいたが。
暫くそのままにさせたので痺れを切らしたのか足を動かして来た。
えーと、えーと、んーと。幾らひらけてるとはいえ、中央から真っ直ぐ来られるとどっちに避けて逃げればいいか判断がつかない、そして早い。
もたもたしていると腕を捕まれた。
「何でこんなトコにいんだよ、電話もかけて探したんだぞ」
「……な、なんとなく……。電話は気づかなかった……」
はぁー、と、大きくため息をつかれた。呆れているのか、怒っているのか。
「ご、ごめ……っ」
温もった腕に少し苦しくなるほど抱き締められて言葉を遮られた。
顔を首元へ埋められるとその鼻先がひんやりとして、反応してしまうのを手で押さえつけられる。
寒さを忘れた。
そのまましばらくいて、少し離れると暖かい息が首に掛かる。
「依……」
腕は解かれて、顔が前に来ると当然目が合う。深い眼差しに、自分の瞳が震えるのを自覚する。
「俺の言ったこと覚えてる?」
戸惑いを隠せずに目線が逃げて俯いてしまう。握り拳になっている手を優しく包まれた。
「……俺と付き合うの嫌?」
「……嫌じゃない……」
「じゃあ……」
「でも付き合ったら、……いつか終わっちゃう」
ちらりと顔を見ると理解できない様子だった。
苦しくなるのを堪えて口を開く。
「今だけなら、付き合えると思う。でもずっとは続かない。夏道がいつか、家族を作りたいと思った時、俺は叶えられない。男だから。子供、……産めないから」
周りを見れば沢山の家族がいる。親はお父さんとお母さんで、間に子供がいる。どんな人もお父さんとお母さんから産まれた子供。
俺には叶えられない光景がそこかしこにある。
小さな俺は想像力が豊かだったのかもしれない。こんなことまで考えるなんて。
「夏道は野球の才能あるし、子供ができたら一緒に野球できるとか、そういう家族の幸せを思う時が来る。そうなった時、俺は……」
目を瞑って涙を落とす。開いてもまた滲んで、諦めて瞼を閉じた。
「怖いんだ……。いつか終わってしまう関係に……俺はなりたくない……」
もう元に戻れないのは分かっている。
けれど何処にも進めなくて、怖がる自分に手を引かれて動けない。
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