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依-53 腕の中

「自覚したのは文化祭の時だった。お前から抱き締められた」 「あれは……、犬だと思ったからノーカン……」 「なんでだよ。お前は?」  こいつも色々確かめたかったのか、今までの答え合わせを自然と始めていた。  言い出せばきりがなく、顔を隠したくて向かい合わせの体勢にしてもらったものの密着度が増して夏道の首元に顔を埋めている。ボソボソと話す俺を緩く拘束する腕が腰にある。 「……きす……された時……」 「え、いつの?」 「……最初」 「最初?」  逃げるつもりはない。  離れてしまえば意味を知ってしまったこいつにも容易に知られるだろう。俺が分かりやすいのはもはや周知の事実ほどだから。  夏道は思い出したように「あー、あれ」と分かったようで、体を少し離して俺を覗き込んだ。 「早くね?」  何も言えない。  返事はいらないのかまた緩く抱きしめて、「ふぅん……」と一人で言っている声色はニヤついている。 「唇さ、大分やらかくなったろ。こまめに塗った方がいいって言われたからちゃんと塗ってる」 「誰に……」 「姉貴に。ホントはこっそりイタズラするつもりで付け始めたんだ。でも、今はちゃんと恋人だからこっそりじゃなくて良いんだよな」  何をする気でいたんだ、そう思った時ニットの襟に指がすり入って来て身をすくめた。  もう片方の手で肩を少し押されると鎖骨辺りに顔が来て、唇を当てがって軽く吸われた。 「っ……それ……」  指で軽く摘まれるような強さで何度か吸われる。宥めすかす様な手つきで首筋を撫でられて体がじわんと熱を持って思わず息を漏らした。  肩を押し返していた手も力無くそのままでいるとやっと離れた。  できた小さな赤を満足げに見つめて親指でなぞっている。 「俺の」  独り言の様に呟かれた。  抱擁する力に身も心も縛られて苦しくて熱い。  そんなものどこで覚えた。予想はつくが。悪戯な顔は変わらないままやる事が厄介さを増してしまった。  けど微塵も嫌だと思わない。昔からそうだ。今じゃはっきり両思いと分かって付き合えたのだから尚のこと。すごく恥ずかしくて、苦しくて、でも……嬉しい。  夏道の匂いがする。  暖かくて、おかしな気持ちよさまで感じてしまう締め付けに何もできない。  多分俺は夏道にこうされるのが好きなんだ。  互いの体の間に挟まっていた両手を出してささやかに抱きしめ返した。おでこを擦り付けるようにして身動ぐ。  もう少しこのままでいたい、そう思ったのに身を離された。 「寝るなよ?」  ……バレたか。

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