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誠志郎-20 押し殺すもの

 晃志郎( こうしろう)は八つ上の兄だ。兄だったと言うべきか。  十九の頃に家族を捨てて出て行った。  コイツも同性愛者だ。  高校の時に親に打ち明けて、受け止められない二人と毎日のようにする口論を、俺は隙間の開いたドアの裏で聞いていた。親の言葉と表情は、全て俺自身にも向けられた気分でいた。  俺も同じだから。 「オレ達はやっぱり普通じゃないんだね」 「だから何だよ。俺等からしたらこれが普通なんだ。周りの当たり前や価値観を押し付けられたり、ましてや否定される筋合いは無ぇよ」  前までは二人でこっそり話し合っていた。自分の気持ちや考え方や恋愛について、恋バナもした。両親との姿を見ていたから俺自身の事は言えるはずもなく、兄だけが味方で心の拠り所だった。  それなのにアイツは言い争いを放棄して俺も見放して出て行った。 「俺の家族はお前だけだから」  ヘラヘラと、どの口が言ってんだ。 「どうせ暇だろ? 今泊まってるホテルにルーカス待ってるからさ、一緒に来てよ」 「フザけるなッ!! 家族捨てたくせにいきなり来て何で兄貴ヅラ出来んだよ!!」  アンタのせいだ。  アンタのせいで俺は。 「アンタが居なくなって俺は……ッ! 今までずっと俺が、何言われてきたか……、知らないくせに……ッ」  本当は居なくなる前からそうだった。  父さんと母さんは困り果てて育て方が悪かったんだと悩んで、お前はああならないようにとか、お前は普通だもんなとか、必死に念を押すように言ってきた。コイツが居なくなってからは拍車をかけて、彼女は出来たか、あの子はどうだ、あの子なら将来良いお嫁さんになるんじゃないか、見合いまがいの事まで言われるようになった。  苦痛だ。  言われる度に俺の存在が否定されている気分になる。  これ以外では良い両親なんだ。優しくて夫婦仲睦まじくて、本当に。  部活や学業では褒められて、この話になると一変して俺は否定される。 「俺の気持ちなんか……、分からないだろ」 「……分かるよ」 「分かんねェよ!!」  これ以上は涙まで出そうで逃げ出した。何処へ行くのでもなく走った。  何が分かる。  言えたお前が、ずっと言えない俺の何が分かる。  家族は俺だけだと?  親は俺に任せたってか。ふざけんな。  俺は女の人となんか付き合えないし、そういう意味で好きにはなれない。  親の期待には応えられない。  だから俺は口を閉ざして、せめてもの思いで誰とも付き合わないと決めた。  少なくとも親が生きている間は。  何でこう思わなきゃいけないんだと悲しくなっても、俺の恋が叶わないことは心の何処かで安心していた。  全部がただ、虚しい。

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