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誠志郎-21 寄り添う気配に

「……何処だここ」  息切れして苦しくなって、顔を上げるとやっと立ち止まれた。肩で息をしながら周りを見ると知らない場所だった。住宅地の景色だけどどれも見覚えがない。 「隣町」  不意に背後から声がした。今の返事と思って、振り返ったら見知った奴がいて声を上げてビビった。 「何でお前いんのっ!?」 「走ってたの見て付いてきてみた」 「んなアホな事してんじゃねぇよ……」  マジでビビった、心臓バクバクいってる。ドキドキじゃねぇからな、一応言っとくけど。  自分の今の顔を思い出して大護を避けて、来た道を戻る。袖口で顔を拭いながら気持ちを落ち着かせる。 「立ち聞きでもしたの」 「いや、近くで待ってた」  つい口に出たけどそんな事をする奴じゃないのは分かっている。気づけば隣にいて歩幅を合わせていて、鼻をすする音にも反応せず見向きもしない。  ここまでくると逆に居た堪れないんだが。  いっそ色々聞いてほしくなる。 「うち来る?」 「えっ」  考え事を見破られたかとまたビビった。けど実際用事も無いし、今の気分のまま家に帰りたくはない。  平静を装った返事をしてそっぽを向いた。 「おかえりお兄……ちゃん、と誠君」  リビングのソファーで御節をつまんでいた一華ちゃんと目が合う。ちょっと気まずくなったけど向こうは平然としていて、俺は小さく手を振ってみせて大護の部屋に上がった。  手持ち無沙汰で棚の漫画本を取ってめくるけど読む気分ではない。  大護が早々に部屋着に着替えてベッドを背に座り込んだ。 「……なんで何も聞かねぇの」  漫画に目を落としたままボソッと言う。普通なら聞くだろうに、コイツはマジで興味が無いだけなのかと思えてくる。 「こうしろうって漢字どう書くの?」  反射的に顔を上げると真っ直ぐ目が合った。 「……日の下に光って書く晃に、あとは俺と一緒」  的外れまではいかない微妙な質問に戸惑いつつ、宙に書きながら答えたが「へぇ」としか言われなかった。 「……俺の兄貴」 「やっぱそうか」 「……さっき会ったの、待ち合わせとかじゃなくていきなりだったから……ビビって」  暫く寒い外にいたから手先が冷たくて、頼りない漫画は戻して手をこする。部屋は暖かいから上着は脱いで側に置いた。 「俺らと一緒で男が好きな奴だけど、違うんだ。アイツは自分の意見をちゃんとぶつけてた。それでもダメだったから出て行って、知らないうちに幸せにまでなってて。……羨ましかったよ」  アイツは全然変わってなかった。いや、すっかり大人になっていて、笑った顔は眩しく見えた。 「アイツはちゃんと自由になれてた。俺にはそう見えた。でも多分違うんだよな。今も大変な思いしてる、と思う……。俺が一杯一杯になるみたいに、アイツも辛くて出て行くしかなかったのも、分かるんだ」  生きている姿を見て安心する自分が居た。良い人に出会えたのを知って、幸せそうで、正直嬉しかった。嫌いだけど、大嫌いとは思えなかった。  その反面で自分のどうしようもない現状に悲しくなった。  変わらない態度を向けられて、色んな思いがグルグル混ざって悲しくなった。  吐き出したい気持ちを吐いた。ただ吐きたくて、でも聞いて欲しくて。  大護の顔は見れなかった。

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