131 / 161
誠志郎-21 寄り添う気配に
「……何処だここ」
息切れして苦しくなって、顔を上げるとやっと立ち止まれた。肩で息をしながら周りを見ると知らない場所だった。住宅地の景色だけどどれも見覚えがない。
「隣町」
不意に背後から声がした。今の返事と思って、振り返ったら見知った奴がいて声を上げてビビった。
「何でお前いんのっ!?」
「走ってたの見て付いてきてみた」
「んなアホな事してんじゃねぇよ……」
マジでビビった、心臓バクバクいってる。ドキドキじゃねぇからな、一応言っとくけど。
自分の今の顔を思い出して大護を避けて、来た道を戻る。袖口で顔を拭いながら気持ちを落ち着かせる。
「立ち聞きでもしたの」
「いや、近くで待ってた」
つい口に出たけどそんな事をする奴じゃないのは分かっている。気づけば隣にいて歩幅を合わせていて、鼻をすする音にも反応せず見向きもしない。
ここまでくると逆に居た堪れないんだが。
いっそ色々聞いてほしくなる。
「うち来る?」
「えっ」
考え事を見破られたかとまたビビった。けど実際用事も無いし、今の気分のまま家に帰りたくはない。
平静を装った返事をしてそっぽを向いた。
「おかえりお兄……ちゃん、と誠君」
リビングのソファーで御節をつまんでいた一華ちゃんと目が合う。ちょっと気まずくなったけど向こうは平然としていて、俺は小さく手を振ってみせて大護の部屋に上がった。
手持ち無沙汰で棚の漫画本を取ってめくるけど読む気分ではない。
大護が早々に部屋着に着替えてベッドを背に座り込んだ。
「……なんで何も聞かねぇの」
漫画に目を落としたままボソッと言う。普通なら聞くだろうに、コイツはマジで興味が無いだけなのかと思えてくる。
「こうしろうって漢字どう書くの?」
反射的に顔を上げると真っ直ぐ目が合った。
「……日の下に光って書く晃に、あとは俺と一緒」
的外れまではいかない微妙な質問に戸惑いつつ、宙に書きながら答えたが「へぇ」としか言われなかった。
「……俺の兄貴」
「やっぱそうか」
「……さっき会ったの、待ち合わせとかじゃなくていきなりだったから……ビビって」
暫く寒い外にいたから手先が冷たくて、頼りない漫画は戻して手をこする。部屋は暖かいから上着は脱いで側に置いた。
「俺らと一緒で男が好きな奴だけど、違うんだ。アイツは自分の意見をちゃんとぶつけてた。それでもダメだったから出て行って、知らないうちに幸せにまでなってて。……羨ましかったよ」
アイツは全然変わってなかった。いや、すっかり大人になっていて、笑った顔は眩しく見えた。
「アイツはちゃんと自由になれてた。俺にはそう見えた。でも多分違うんだよな。今も大変な思いしてる、と思う……。俺が一杯一杯になるみたいに、アイツも辛くて出て行くしかなかったのも、分かるんだ」
生きている姿を見て安心する自分が居た。良い人に出会えたのを知って、幸せそうで、正直嬉しかった。嫌いだけど、大嫌いとは思えなかった。
その反面で自分のどうしようもない現状に悲しくなった。
変わらない態度を向けられて、色んな思いがグルグル混ざって悲しくなった。
吐き出したい気持ちを吐いた。ただ吐きたくて、でも聞いて欲しくて。
大護の顔は見れなかった。
ともだちにシェアしよう!

