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依-58 思いの深さ

 大人しく勉強し始めた手を確認して自分もきちんとノートを開いた。  塾で出された範囲を休み中に復習しなければ。もう時間を選ばずにできるのは助かる。 「でもやっぱ医者はやめとけ」  言われて顔を上げると目は合わなかった。プリントを見たまま真剣な表情をしている。 「……消毒と絆創膏で済む怪我なら今の俺でもできるけど、大きな怪我をしたり、夏道の場合は肩とか……。そういうの全部、俺が治せるようになりたいんだ。いざという時に役に立ちたいから」  手を止めて同じ面持ちで話した。視線に内心怯んでしまうけど、こちらの意思はずっと前から固まっている。 「勉強は好きな方だし……、ちゃんと考えて決めたんだ。塾にも通わせてもらうようになったし、これからもっと勉強、して……」  目が。  見てくる視線が文字通り刺さって、避けるように俯く。 「……お前が本当にそうしたいなら、別にいいけど」  暗い沈黙の後の声はどう取っても納得していない。  夏道の役に立ちたくてしているのに、いけない事なのかな……。  変わらない空気で勉強を続けて、度々視線を刺してきた。言いたいことがあるんだろうに、聞こうとしてもそっぽを向く様子はまだまだ子供っぽい。 「喧嘩でもしたの?」  この空気に発言できたのは母さんで、一緒に夕飯を食べている時だった。表情を暗くする姿にまずその解釈をしたのは凄いなと、他人事の様に思った。  ぼやけた否定だけをしてまた口を閉ざす夏道のあとに、俺も真顔で頷いてみせると、キョトンとして箸を口に持っていく。俺も母さんと同じ気持ちだよ。  自室に戻ると後から付いてきた奴に服の裾を掴まれた。図体のわりに行為が控えめなのが、可笑しくてくすぐったい。 「……お前の気持ちは嬉しい。でも会う時間が無くなるのは絶対嫌なんだ。そりゃ仕事するのは仕方ないけど、そういうの想像したら……いっそ閉じ込めたくなる。お前が目の前に居るのに、寂しくなるのは、どうしたらいい」  さっきまでは理解できなかったが相当嫌がられているらしい。若干狂気混じりに言われたのに頬が染まる自分の顔を背けた。  想われているのは嬉しくて、気持ちを落ち着かせてから夏道を見て、口を開く。 「俺が同じ高校を選んだのは、夏道と少しでも一緒にいたいからだよ。卒業すればそれぞれの道に行くけど、会えなくなる訳じゃないんだし、そんなに悪い方に考えないで」  その手を裾からはなして握った。一人で(くすぶ)っていて、目を合わせない方が俺はもどかしかった。 「今目の前に居るんだから、好きにすればいいでしょ」  ツンとした声音になってしまって、目線を上げた夏道の代わりに下を向いた。徐ろに握り返す手に引かれて抱き締められる。抱擁というよりきつく縛るようにされて胸元に顔が埋まって息がしにくい。自分が言ったので少し耐えたけど、動かせる手で訴えた。 「ぷはぁっ」 「ごめん」  軽く謝りながら俺の赤くなった頬を両手で包んだ。  平気だと答えるように小さく首を振る。息を整える隙に顔が近づくのに気づいた時、唇同士が当たった。  一気に顔が熱くなって一歩下がると、複雑な笑顔をされた。  もう一度近づく手が頬に触れる。 「足りない」

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