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依-60 一生の
「いっくん久しぶりぃいーーッ!!」
突進を避けられず熱く抱擁された。
「今回も課題全部できた?」
「第一声が厳しいよいっくん……。悪夢再来だったよ、ご褒美がなければ逃げていました」
「どういう事?」
「あぁ〜いっくんの匂いだぁ〜〜」
はぐらかしたな。
背中を見下ろされている事に気付いていない航は肩を掴まれて引き剥がされた。黙って睨む夏道に怯えて背後へ隠れてくるけど、俺は気にせず教室へ入る。
声を落としながらも学校終わりに遊びに行かないかと色々言ってくる。このテンションに触れるのは確かに久しぶりだ。
「夏道君って結構表に出すタイプだよね!」
「まぁ……」
感情のコントロールはあいつなりに頑張っている様だから、今のもマシな方だと思った。それでもあの睨みはきついよな。
「どんまい」
始業式とホームルームはぼうっとしてやり過ごした。航も大人しくしていたけど、先生から注意されたのを見て寝ていると気付いた。少しの時間でも寝れるの凄いな。
部活のある人達は気怠げに、すぐ帰る人達は談笑しながら教室を後にする。
ふと、廊下を流れていく中の一人を目で追った。夏道がこちらに軽く手を振って、俺も小さく振り返した。
「ねぇねぇ、カラオケ行きたいっ」
「俺、歌はあまり知らないけど」
「何知ってる?」
「童謡とか……」
「そ、それはそれでいっくんが歌ったら可愛いかも」
「歌わない」
からかい混じりに言われても構わず教室を出たけど、先生を前にして止まった。
「天四は居るか」
「呼んだー?」
本人がドアからひょっこり出てきて、先に行ってると伝えて二人にさせた。角を曲がる直前にチラリと向くと、頬を染めて嬉しそうにする航が見えた。
悪い話ではなさそうだ。先生に呼ばれたのに、あんな顔をするのは初めて見た。
パタパタと行き交う人達を背に玄関で靴を履き替える。校舎を出て、グラウンドを横目に歩く。まだ部室に居るんだろう。見当たらなくて、諦めて校門へ足を進めた。
「依!」
後ろから呼ばれて立ち止まった。遠くに立つ姿に思わず緩む口元を固める。
ユニフォーム姿も格好良い……。
高く手を振る夏道にまた控え目に応える。笑みが移って、愛おしげに見つめた。
どんなに見ていても飽きないんだ。
この想いは何度も湧いてやまなくて。
夏道の居ない人生なんて考えられない。そんな世界には一秒だって居たくない。
「大好き」
嬉しそうにそう言った人は誰か、景色に気を取られてどうでもよかった。
あいつがズンズンとやって来るのを不思議に思って、少し怒ったような表情を見上げた。
「今何つった!」
「……何か言った?」
「めっちゃ微笑ってた。お前、こんなとこでそんな顔してんじゃねェよ」
言いながら両手で包まれて隠された。ぼんやりした思考がはっきりすると思い出す。
あれ、今言ったの俺か。
「な……ナニモイッテナイヨ」
「すげぇ片言。大好きって言ったろ」
「地獄耳かよ」
「マジか」
は、はめられた。
「ていうか……っ、人居るんだからそういうのやめろよ」
「お前のせいだ、アホ」
跡のある首元を撫でられた。
そういえば、これは冬以外に付けるのはやめて欲しいと言わなければ。夏は特に。隠せる気がしない。……聞き入れてくれる気も、しないけど。
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