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二十歳 航-24 夢見心地

 気がつくと自分家の玄関にへたり込んでビニール袋を掴んでいた。なんか酸っぱい、臭い匂いがする。 「スッキリしたか?」 「あ、はい……、スミマセン……」  スッキリはしたけど頭がグラグラする。差し出されたティッシュで口元を拭きながら顔を上げると、しゃがみ込んでこちらの様子を伺う鐘人さんがいた。お水もくれて、ゆっくり飲み干す。 「あれ……、オレ、せーくんの家で飲んでたはずでは」 「終わって帰ってきた」 「そう……。え、どうやって……」 「俺が迎えに行った」 「ありがとうございます……」  次第に状況を掴んでその場に項垂れた。  オレ、お酒弱いんだなぁ。 「いっしょに晩酌とか、夢みてたんだけどなぁ……」  ポツリと吐露すると、頭を撫でられた。見上げると微かに微笑っている。  好き。 「……まぁ、オレは酒の肴ということで、どうぞよしなに……」 「まだ酔ってるのか」  多分。  敷かれた布団に寝かされて、上着をハンガーに掛けている鐘人さんをぼうっと見つめた。  鐘人さんがいる。  この人とオレの関係は、近しい友達と、互いの父親だけが知っている。  自分の父に話した時、眉尻を下げて困ったように微笑われた。なんとなく、そんな関係になりそうな気がしていたんだと言って、優しく受け止めてくれた。  親戚の人たちには知られないようにしている。もし知られれば、嫌な事しか言われないだろう。  鐘人さんのお父さんは体調が少し回復して退院はしたけど、施設へ移った。大きな家は売り払って静かに暮らしたいそうだ。面会も殆ど断っている。  放っておいてほしいのは、オレ等もおんなじだ。  放っておいてほしい。  オレ達はちゃんと想い合っているんだ。  アパートのこの狭い部屋の中で、こんなに近くにいて、オレは幸せなんだから。 「鐘人さん……」  鞄の中を整理していた手が止まると俺を見た。  起き上がって膝を立てて、静かに抱き付く。長い髪が指に絡んで、すぐほどけていく。首元に顔をうずめると鐘人さんの匂いがする。 「愛してるよ」  この人とは絶対に離れたくない。離れていってほしくない。  鐘人さんは気持ちが通じたみたいに見つめてくる。目尻を撫でられたのは、濡れていたからか。  そっと唇を寄せられて嬉しくて、目を閉じた。 「……あ、まって」  寸前で間に手を挟んだ。伏せ目がちの瞳がゆっくりと上がってくる。  うん……、オレが誘ったんだけどもさ。 「酒臭くない……? さっきリバースまでしちゃったし……」  抑えたこの手を黙って離すと顔を寄せてきた。重なった唇が正直に、離れ難いように吸いつく。そのまま後ろの布団に押し倒された。 「……誘ったのはお前だ」 「そうなんだけども……」 「俺も酒を飲む時があるだろう」 「それは、オレは気にしてない」  タバコだって数は減ったけどまだ吸ってる人だし、その苦さもいつの間にか慣れた。  鐘人さんは「そういう事だ」と言うと優しく手を握ってきて、自分の頬に当てた。 「愛してる」  それは穏やかに耳に届いて、体全体に染みわたっていく。その感覚に陶酔していると、もう一度キスされた。含む息がだんだんと熱を持って混じる。首に腕を回して引き寄せた。  フワフワする。  お願いだから。  ずっと一緒にいて。

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