154 / 161

二十歳 誠志郎-30 一本道と分かるのは辿り着く時

「おい、寝るならベッド行け、俺連れて行けねぇんだから」 「……お母さん」 「飽きたわそれ」 「ハニー」 「キモい」  床に雪崩れていった体はどうにも出来ん。この言い分にも呆れる。  けど今の返しは少しキツかったか。咄嗟に気持ちを濁すのが癖になってしまっている。  呆れてゴミ袋を掴んだ。立ち上がろうとしたら景色がグラリと回る。大護が、上に被さった。  一瞬の事で反応できない。  近い。 目が。  一層近づかれても動かなかった。そのまま来て欲しい気持ちが心の端にずっとある。  でも唇の行く先は額で、音もなく口付けをされた。離れた顔は微かに笑って見下ろしてくる。  悪戯に髪を撫でられる。 「……口じゃねぇの」  跨る奴はこの言葉に手を離して、小首を傾げた。 「まだ」  その腕を掴んで強く横へ引く。遠心力を使って立場を逆転させた。床につかせた体は平気なのか、横向く顔が余裕ある目線を送ってくる。 「かっこいいー」 「まだ酔ってんのか」  お前はいつまで待つつもりなんだ。  俺はもう、とっくに……。 「どうせ寝込んだ時みたく、した事も言った事も忘れるんだろ」 「何のこと?」 「いいよもう。今しか言えねぇ事だけ言ってやる」  分厚い胸板に頭を沈めた。  こういう時に好きと言ってみたことがある。でも今みたいに「まだ」って言われた。アイツへの気持ちが残ってるって。無自覚に目で追うのも、その意味で取られてた。だからその辺の判断はコイツに任せるようになった。  けど、もういいよ。 「……大護。ずっとそばに居てくれてありがとう。好きでいてくれて、ありがとう。まだ俺の事好きなら、もう待たなくていいから」  ゆっくりと顔を上げる。ぼんやりした瞳を見つめた。 「ホントに今しか言えねぇけど、俺結構前からお前で抜いてんだぜ。盛り時のくせにマジでしかしてこねぇんだもん。……頭ん中、もう大護しかいねぇの。だから額だけじゃなくてちゃんとキスしてほしいし、セックスしたい」  羞恥心を誤魔化すように笑いながら言うと、大護は薄口を開けた。 「……誠ってさ、下ネタほとんど言わないよな。周りに合わせてただけで、ホントはただのムッツリだろ」 「アハハッ、そうだな。うん……、そうだわ」  俺がちゃんと異性に興味があるかのように、親に見せつける為にそう振る舞っていた。母さんが少しずつ兄を受け入れていって、父さんも合わせて子供の恋愛に口出ししなくなってから、無理に振る舞うのはやめたんだ。  自分の事はまだ話せてないけど、前よりプレッシャーは無くなった。  そのきっかけを作ってくれたのは五色家だ。おかげですっかり母さんは隠れ腐女子になって楽しんでいる。俺にバレてるとも知らず。  言えば俺に対しても、きちんと向き合ってくれるかな。分かんないけど。 「お前の思惑通りになったな。……酔い醒めたら、ちゃんと好きって言うから」  なんでか、何を言っても思っても笑えてくる。  大護が起き上がろうとしたから後ろへ避けた。両手が、頬を包んできた。 「……ここで速報です」 「ハハ、なんだよ」 「俺、酔い醒めてます」  ……。あ。 「アハハハハ……」 「あはは」  コイツの真顔で棒読みな笑い方はやはり笑っているとは思えない。 「実家に帰らせて頂きます」 「ハニー」

ともだちにシェアしよう!