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二十歳 依-65 下を向く慕情

「結び方忘れた」  巻いたものの結べず後ろ手がもたついている。自力で頑張っていたが諦めてそう言ってきたので帯の端を受け取り、夏道が首を捻って見てくるのを視界の端に捉えつつ結んだ。 「ありがと。こういうの滅多に着ないから忘れるんだよな」  窓に映る自身を物珍しげに眺めて言う。足元はサイズが合ってなく可笑しいけど、こいつの浴衣姿は本当に珍しい。裾からチラチラと肌が見える。筋肉が主張して布を張らせ、頭を傾けるとうなじが覗く。これが漢の色気というのか、目を離すのが難しい。 「似合ってるか?」  それはもう。 「おじさんみたい」 「二十歳なんだが。お前はホント似合うよな。エロい」 「……エロ親父」 「お前なぁ」  手が近づいて、指先が首筋をなぞって襟の下に入り込む。感覚に耐えながら嫌味を言うと呆れたように笑われて、その手を頭に置かれた。  俺は内心、必死に平静を保とうとしている。  こいつは先ほどの発言を「そういえば浴衣着れるんじゃね」という台詞でサラッと流し、俺の上から退くと部屋を漁り始めた。それを着て旅行気分を取り戻しつつあっても、何食わぬ顔の奴に注意して見ている。目が合うと僅かに眉尻を下げて微笑まれた。 「さっきは悪かった。昨日お預け食らったし、二人になれたから、がっついた」 「……べつに」  そういう言い方をされても変に気が揺れる。俯き加減に目を逸らすと、撫で下りる手が頬も撫でていった。「飯行くか」と、先に部屋を出て行こうとする背を見つめる。  二人きりの泊まりの旅行で、する事を考えてるのは同じだった。  夏道に触られるのは嫌じゃない。求められるのも、繋がるのも。  けど、頭の中が真っ白になっても、どこかで考えている事がある。ずっと消えない想いがある。だからその行為自体は、少し苦手だ。夏道はそれを理解して俺に合わせてくれている。  ダイニングは和モダン調で、料理は小鉢一つ一つを彩って綺麗だ。これは何だろうと、言い合ったりして。 「そういえば、さすがにもう口の周りには付けないか。でも相変わらずリスだな」  食べるのに集中し始めた時、クスッと笑って言われた。咀嚼を続けつつ睨む。 「味わって食えよ」 「……味わってる」 「まぁ確かに、すげぇ美味いって顔してるけど」  ゆっくりと食事する様子を見て、早々に食べてしまう自分が恥ずかしくなった。せめて口の中のものを全て飲み込んでから、次を取ろう。  小さなものばかりでも気づけばお腹が膨れていた。心苦しくも残してしまったものは夏道の胃へ入った。食べる量自体は全然変わっていないみたいだ。  部屋に戻ると、食休みにお茶を入れてくれた。向かい側に座ると思いきや隣へ座椅子を持ってきて座った。思わず目を見開く俺をよそに、湯呑みの縁を持って一口飲み、テーブルに置く。 「こうやって、何もせず二人だけで居るのも好きなんだけど。……いいか? しても」  目を見れず下を向いてしまう。 「……うん」  静寂につつまれて、少しの時間手を繋いでいた。  触ってほしい。無理矢理にでもきてほしい。始まってしまえば身を任せられるから。  でも俺は……。俺はやっぱり、男だから……。

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