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第5話

 盛大に行われるボン・ナキュイユもあと一日となった。お忍びが許されたのはあの一日だけで、それ以外をずっと室内で過ごしたシェリダンは膝の上で遊ぶレイルを抱き上げて鼻と鼻をくっつけた。 「もうすぐですね。もう少ししたら、また一緒にお散歩しましょう」  ニコリとシェリダンが微笑めば、レイルはブンブンと尻尾を振って喜んだ。赤子であったレイルも成長し、少し重くなってきている。抱き上げるのに力がいるようになったなと思いながら、シェリダンはレイルの背を撫でた。  ほんの小さな音をたてて扉が開かれる。そちらに視線を向ければ、所要で出ていたエレーヌが入ってきた。彼女はこの部屋に帰って来る途中で用意してきたのであろうクッキーと紅茶をシェリダンの前に差し出した。 「先程近衛隊長から通達を預かってまいりました。ボン・ナキュイユが終わった翌朝に高官方が集まられ朝議を行われるそうにございます。妃殿下にもご参加いただきたいとのことでございました」  エレーヌから紅茶を受け取りながら、シェリダンは思い出したように頷いた。毎年恒例で、ボン・ナキュイユが終わると王が地方に視察に出かけるのだ。ボン・ナキュイユは盛大であり人々がこぞって大枚を落としていくが、あくまで王都の催しであって地方も潤うわけではない。そのために幾日もかけて視察を行い、随行する兵士達が止まる宿や、食事をする場所などに大枚を落として金の循環をさせて民の暮らしを潤すのだ。おそらくは朝議でどこへ行くのかを決めるのだろう。当然視察には王妃も同行する。ボン・ナキュイユの間は城に監禁状態であったが、終わればすぐに、今度は城を長く空けることになるのだ。  シェリダンは紅茶に口を付けながら忙しなく頭を動かしていた。アルフレッドのことだから、おそらくただの視察になることはない。シェリダンもどちらかといえば人に任せるよりも自分の目で見たい人間だが、アルフレッドにもその傾向がある。流石にこの広大なオルシアをアルフレッド一人の目で見渡すことは不可能であるため常々は臣下に任せているが、こうして城を出る機会の時にこそ目を光らせたいと思うのもシェリダンにはわかる。シェリダンは脳内でいくつかの領地を予想した。最終的に決めるのはアルフレッドであるからシェリダンは口を挟んだりしないが、それでも王妃として噂や環境などは知っておきたい。 (朝議が終われば、一度リオンに会えるように頼んでみましょうか)  かつてシェリダンが宰相補佐であった時、共に働いていたリオンは上流階級の御曹司で本人の才能もあり情報には通じている。裏切ることはないと信頼できる相棒だ。視察の行先が決まれば、出発までにリオンにいろいろと聞いておけばより有意義なものになるだろう。 「でもアルはあまりいい顔はしないでしょうね」  ポツリと呟いた独り言はエレーヌ達にちゃんと聞かれていたようで、ギョッとしたように一斉にシェリダンを見た。 「あ、あの妃殿下? 何をなさるおつもりですか?」  賢王であるアルフレッドも、ことシェリダンに関するすべてには狭量だ。謀反が起こる前のサーヴェの公子がシェリダンに手を出そうとした一件以来、部屋にシェリダンを閉じ込めてしまうほどに。幸いにシェリダンたっての願いでレイルの散歩の時だけは外に出ても良いという許しが出たが、もし今度何かあればそこにシェリダンの咎があろうがなかろうが、問答無用で完全監禁になるだろう。それほどにアルフレッドはシェリダンに関することだけ、狭量で容赦がない。

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