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第5話
「イルク・デ・リレさんという方は当院には入院しておりませんが」
それはジェスがレクターへやって来た日、レクター・マグナ・インペリウム・フームスⅡ世病院……通称・レクター病院の受付で言われた返答だった。
その日のうちに、他の病院へも照会をかけてもらったが、「入院しておりません」と機械のように整った容貌の美女の唇が動くのみに終わってしまった。
「やばいな、こんだけの病院だろうからすぐ見つかるなと踏んでたんだけど……」
2日目の昼、ジェスはレクター病院の真ん中に聳え立つ大木の周りに設置された中庭のベンチに座り込んで、パンとパンの間に色んな具を挟んだものを齧っていた。ホテルやレストランではなく、病院の中の売店で買ったものだが、卵とレタス、ハムとチーズの入ったパンが絶品だった。
「内科、外科、眼科に耳鼻科に歯科。泌尿器科。肛門科。北洋系や南洋系の薬を専科にしているところもあるのか」
綺麗に整備された病院は専門科ごとに細分化され、各階へは階段ではなく、機械仕掛けで動く床へ乗り降りする。図書館や医術を取得しようとする若者が学べる部屋もある。こうして、適度に大木や草花も植えられていて、緑もある。
ちなみに、北洋、南洋系というのはレクターのある大陸から北と南に位置する大陸のスタイルのことで、北洋系のスイーツや南洋系のファッションなどと言う。
一見、何でも揃っていて、素晴らしい施設のように見えるのが、ジェスはこのレクター病院に違和感を感じていた。
「綺麗ちゃあ綺麗なんだけど、なんか感じが悪いとこがあるというか」
ジェスは生まれてこの方、病気1つ、風邪の1つもしたことがなく、病院自体が不慣れなのもあるのかも知れない。
ただ、それだけではなく、何だか、キナ臭い感じがジェスの鼻につきまとっていた。
「キナ臭い……ある意味、真実だな」
「誰だ?」
ジェスの目つきが人好きのしそうなものから鋭いものに変わる。手持ちには先程のパンが包まれていた包装紙、左胸の内ポケットにもしもの時の為の小型のマンゴーシュが1挺あるくらいだ。
しかも、病院で騒ぎを起こしてしまったら、仮に生き延びて、院内を後にできても、土地勘のないジェスはあっという間に捕まってしまうだろう。
だが、それらは全てがジェスの杞憂だった。
「待った、待った。別に怪しいものじゃない」
怪しいものじゃない。
割と、この言葉は難しい言葉だとジュスは思う。
本当に怪しくない時でも使われるし、勿論、自分は怪しいものですとは言わないだろうから、本当に怪しい時でも使われるだろう。
おまけに、「あれ? 十分怪しいだろって反応されると思ってたんだけど」なんて言ってくるから始末が悪かった。
「怪しんで欲しかったのか?」
「嘘。嘘。お兄さんは間違っていたら、あれだけど、ブン屋さんじゃないかなと思ってね……」
ブン屋。
要は新聞屋のことだが、随分と古めかしい言い方をするこの男は若く、ジェスと比べても、2、3歳以上は離れていそうになかった。
「まあ、もし、お兄さんさえ良かったら、ここを出て話さないか? 流石に敵城で怪しいだの、キナ臭いだのって話を続けるような命知らずじゃないからさ?」
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