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第5話

凍夜の風邪は翌日には治り、週明けから風邪で休んだ分を取り戻すかのようにバリバリ仕事に明け暮れる日々を送っていた。 そんな毎日を送っていたから、藤堂との約束の金曜がやってきた。 出社して、すぐ藤堂が凍夜のデスクまでやって来た。 「おはよう、藤堂」 「おはようございます、先輩。忘れてないですよね?」 「今日だろう?お前との約束の金曜」 「覚えててくれて嬉しいです。定時で上がれるようにがんばりますね」 「おう。俺もなるべく定時で上がれるようにする」 「お願いします」 今の藤堂に尻尾があったなら、尻尾が千切れるくらい振っていただろう。 これから何かいいことがあると言わんばかりの満面の笑みを顔に張り付けたまま藤堂は自分のデスクに戻っていった。 あの笑顔を裏切らないようにと、凍夜はいつも以上に仕事のペースをあげたのだった。 「お疲れ様ぁ~」 フロアのあちこちで声がする。 時計を見ると、もう終業時間だった。 仕事のペースを上げたにもかかわらず、舞い込んでくる仕事は相変わらず多く、結局定時で上がれそうになかった。 「先輩、どうですか?」 「すまん、藤堂。1時間待ってくれるか。1時間以内に仕事を終わらせる」 「無理しなくても大丈夫ですから」 「本当にごめんな」 藤堂への返事もそこそこに、凍夜は急いで残りの仕事を片付けることに集中した。 「終わったぁ~」 「お疲れ様でした」 「待たせてごめんな」 「真剣に仕事してる先輩、かっこいいです」 「そういうこと言っても何も出ないぞ」 「今日は俺のわがままに付き合ってもらうので構いません」 「そうだったな」 「タクシー呼んであるので、行きましょう」 一階に下り、待機していたタクシーで連れてこられたのは、超高級で有名なホテルだった。 仕事終わりのくたびれたサラリーマンが入っていいのだろうか、とタクシーを降りて二の足を踏んでいると、藤堂が凍夜の手をそっと繋いできた。 「上に部屋を取ってあるので、先にそっちに行きましょう」 ドアマンがドアを開けてくれて、そのままフロントに行き、チェックインを済ませる。 その間もずっと藤堂は凍夜の手を繋いだままだった。 恥ずかしいから少し離れた場所にあるソファーで待ってると藤堂に言っても、藤堂は「隣にいてください」と言うばかりで、手を離そうとはしない。 そうこうしているうちに、フロントで鍵を受け取っていて、藤堂はエレベーターに向かって歩いていた。 エレベーターホールには誰もいなくて、手を繋いでいるのをこれ以上誰かに見られずに済むと凍夜は安心していた。 藤堂はボタンを押し、下りてきたエレベーターに乗り込むと、最上階のボタンを押した。 そこはロイヤルスイートルームで、テレビで度々放送されていた部屋だった。 まさかそんな部屋にやって来ることになるとは思ってもみなかった。 チン、と控えめにエレベーターが目標としる階に到着したことを告げ、ドアが開く。 一歩踏み出せば、そこはもう室内だった。 ふかふかの毛の長い絨毯が一面に敷き詰められていて、まるで雲の上を歩いているかのような感触を味わう。 「お前のわがままって聞いてなかったけど、俺は何をすればいいんだ?」 「この週末の時間を俺にください」 「それはいいけど、こんな豪華な部屋に来なくてもよかったんじゃないか?」 「ここは前に会社で先輩が一度は来てみたいって言ってたじゃないですか」 「ぅ、うん…」 「だから、一緒に来てみたかったんです」 確かに数日前、同僚と凍夜がこのホテルのロイヤルスイートルームは一度行ってみたいとは言っていた。 しかし、それはあくまで『好きな人』とであって、男同士で、ましてや後輩とというわけではない。 「仕事で疲れたでしょうから、お風呂どうぞ」 「いいのか?」 「特別仕様ですよ」 凍夜は藤堂に促されるまま、浴室に向かった。 そこには浴槽に湯が張られ、中に真っ赤な薔薇の花がたくさん浮かんでいた。

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