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第8話

凍夜が目を覚ますと、昨夜のドロドロになったはずの体は綺麗になっており、何かあったとは考えられなかった。 「痛っ!」 喉がカラカラでベッドサイドに置いてある水を飲もうと少し体を動かしただけなのに、腰にげきつうが走った。 それは昨夜のことが夢ではなかった証拠。 凍夜は顔を真っ赤にして布団に潜り込んだ。 「先輩?」 ギシリとベッドが軋み、藤堂が隣にいるのを感じた。 潜っていた布団から目元まで頭を出して声のする方へ視線を送る。 「おはようございます」 「おはよう」 「体、どうですか?」 「あちこち痛ぇよ」 「すみません。抑えられませんでした」 「いくら何でもやりすぎだろう」 「言い訳のしようもございません」 「とりあえず、水」 「どうぞ」 ベッドサイドに置いていた水のペットボトルを蓋を開けて凍夜に渡した。 ほんの少しの心配りが凍夜には嬉しかった。 思っていたよりも喉が渇いていたのか、グイグイとあっという間に飲み干してしまった。 「先輩、一つ答えてほしいことがあるんですけど…」 「何だ?」 「先輩って俺のこと好きですよね?」 「何で?」 「ずっと俺のこと見てるの気付いていました」 「それは…」 「じゃぁ、言い方を変えますね」 「…?」 「俺、先輩のことが好きです。ずっと一緒にいたいです。俺と付き合ってくれませんか?」 凍夜には思ってもみない言葉だった。 同性愛者と自覚してからは誰とも付き合ったり、気持ちを素直に曝け出したりしなかった。 それを藤堂は自ら曝け出してくれた。 この思いに今の自分なら答えてやれる。 でも言葉にする覚悟ができない。 爪が白くなるほど、拳を握りしめていた。 その拳の上に藤堂が手を重ねてきた。 藤堂の体温の温かさが心地よく、心に纏っていた鎖が取り除かれていくかのようだった。 「先輩の気持ち、聞かせてください」 「俺、物心ついた頃から同性愛者だって自覚してて、今まで特定の恋人を作ることもしてこなかった。どうしても体が寂しい時は、ゲイバーとかで適当な相手を見つけて一夜限りの関係を持っていた。だから、俺の体は汚いんだ。こんな俺が藤堂と付き合うなんてしちゃだめなんだ」 今にも泣きそうな顔で凍夜は自分の性癖や気持ちを全部藤堂にぶつけた。 そんな凍夜を藤堂はその腕に収め、抱きしめた。 「それなら、俺も同類です。学生の頃はそれなりにモテて、女に困ることはなくて、適当に性欲を発散させたい時に適当に言い寄ってくる女をつまみ食い程度に関係を持ってました。おかげで、ちょっと事件に発展してしまって、それ以降は女性不審みたいになっちゃって…。だから、俺の体の方が先輩よりも汚いです。あと、俺、ノンケだったはずなんです。男には今まで興味なかった。それなのに、先輩に限ってはどうしてか欲しくて欲しくてたまらない。俺をこんな気持ちにした責任取ってくださいよ?」 宥めるように凍夜の背中をトントンと優しくさすってくれる。 凍夜の心の鎖が解き放たれた。 「配属初日の日、お前に一目惚れした。だけど、本気の恋なんかしたことなくて、恋をするのが怖くて、ずっと逃げてきた。この歳になるまで恋したことないとか、逆に気持ち悪いだろ?」 「ということは、俺が初恋ですか?」 「…そうなる」 「どうしよう…すごく嬉しいです」 「…気持ち悪くないのか?」 「全然気持ち悪くなんかないです」 凍夜はずっと抱きしめてくれている藤堂から少しだけ体を離した。 「本当に?」 「本当です。命を懸けても構わない」 藤堂の目は真剣そのものだった。 「俺も藤堂が好き。出会った最初の日からずっと好き。俺の本気の恋、受け取ってもらってもいいですか?」 「もちろんです」 「俺、付き合ったりとかしたことないから、重かったら言ってくれ。どこまで自分の気持ちをぶつけていいのか分からない」 「全部ぶつけてください。俺が全部受け止めるので」 「本当に?」 「本当です」 どちらからともなく唇を重ねた。 最初は軽い触れるだけだったキスも、どんどん深いものになっていく。 ちゃんと自分の気持ちを伝えると、ただのキスもこんなに気持ちがいいとは思ってもみなかった。 凍夜の恋をして初めてのキスは幸せの味がした。

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