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第5話

     昼休み、 いつも一緒に昼食をとる黒井と前後の机をつなげているとき、 教室前の廊下が騒がしいことに気づいた黒井は顔をあげた。 「―――― あ」 「? 祥、 どうかした?」  声をあげた黒井のそれに反応し、 理人も顔をあげて黒井の目線をたどった。 「りーひーとー、 一緒にご飯食べよ」  教室の扉のそばに、 今朝別れたばかりの真人と青梅がいた。 ふたりが手に持つのは理人お手製のお弁当だ。 「オレはいいけど……。 祥は、 いい?」 「僕も一緒でいいよ。 大人数って楽しそうだし」  了承を得て教室内に入ってきた真人は軽やかな足取りで理人たちに近づき、 近隣の無人の椅子を勝手に拝借し座った。 青梅もは誰もいないが、 一応 「借りるぞ」 と軽く声をかけてから真人の向かいに座った。 「りい、 このひと誰? 友達?」 「うん。 オレのお友達」 「どうも、 筧のお友達の黒井祥です」 「サチ?」  黒井の顔を仰ぎ見るように上体を机につける真人はどこか楽しそうな雰囲気で、 理人はおや、 と目を瞬く。  ふい、 と近づいた真人の顔に、 黒井はびっくりしたように背筋を伸ばす。 「吉祥寺の祥で、 サチ。 女の子みたいでしょう?」 「ううん、 綺麗な音だし、 祥にぴったりだと思う。 祥って、 呼んでいいよね? 俺は英真人。 真人って、 呼んで?」 「―― うん、 よろしくね、 真人」  ほんのりと頬を紅潮させる黒井と、 ほわほわと花を飛ばしそうなほど嬉しそうな真人を交互に見て、 理人はおやおや、 と口元に手をあてた。  真人が初対面のひとに興味をもつなんて珍しい、 と思いながらも理人はそんな真人の様子を見て嬉しくなる。 「頭痛も忘れられる春の到来だ」 * * * *  ふんふん、 と楽しそうな声を出して隣を歩く友人を、 青梅は横目で見ながらなんと声をかけようかと悩む。  ―― 初めて見る表情ばかりだ。  中等部のときからずっと同じクラスで、 寮も3年間同じ部屋だった。 きっとこの学園にいる誰よりも長く一緒にいた。  だが、 この友人が笑う姿など、 初めて見た。  友人はいつも無表情で、 無口で、 いつも一緒にいた青梅相手でも他者よりも比較的話すぐらいで、 本当に無味乾燥な人間だった。 「……なあ、 真人」 「んー? なに、 青梅」  声の質もだいぶ違う。 高校に上がる前までは声にも感情が宿っておらず、 淡々とした音だった。 それが今は、 人並みだ。 「―――― 楽しそう、 だな。 今のお前」 「まあ、 そりゃあ……。 ずっと、 ずうっと会いたかった理人にまた会えて……それだけで、 俺は幸せだからね」  でも今はもういっこ嬉しいことが増えた。 と初めて見る柔らかな笑みを浮かべて、 真人は青梅を見上げた。 「だから、 とうぶん、 青梅にりいはあげないから。 ……部屋、 同じなんだから、 少しの間は俺の好きにさせてくれ」  ―― 離れていた分を補うことができたら、 悔しいけど、 本当は嫌だけど、 青梅に理人を譲ってやるよ。  昨日今日で見破った青梅の想いを、 真人はそれなりに応援しようとしている。  ひくっ、 と口を歪ませた青梅に、 真人はけらけらと笑いながら教室に入って行った。 (……なんか……、 弱みを握られた気分だ……)  ぐう、 と喉奥から唸り声をあげ机に伏せた青梅は、 隣の席のクラスメイトに心配されていたことを知らない。  

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