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 今日は朝から営業スタッフ二人を前にしての研修。テキスト順に進めていたが、少し息抜きもかねて、二人の理解度を試してみる。 「じゃあ松本。初めてのデ一トでランチを食べることになった。彼女の食べたいものをどうやって聞き出す?」 「食べたいものですか?お腹すいたね、何が食べたい?って聞きます」 「まあ、一般的だけど。相手の負担になるだろうな」 「負担?ですか?」 「そうだ。選択肢を与えたほうが答えやすい。「おいしいイタリアンの店があるんだ。パスタはどうかな?」と松本が聞いたとする。パスタが嫌いな人は少ないしランチに向いている。最初は無難なところがいいだろう」 「はい」 「彼女の答えがそこからでてくる。「パスタいいですね」「パスタ『も』いいですね。「う~ん」などなど。『パスタも』『う~ん』という返事なら他に食べたいものがあることになるだろ?」 「ああ、なるほど」 「『じゃあ、今日は君の食べたいものにしよう。次は僕のおすすめのパスタにつきあってね』とニッコリ笑う。また君に逢いたい、デ一トしたいという意思をさりげなく伝えるわけだ。そうしましょうと相手が言えば次回の約束も取り付けられる。次は僕の行きたいところと言うことで、今回自分が選んでもいいかという気になるし言いやすい」 「へえ~~なるほど」 「営業ト一クだと考えるからややこしくなるんだ。商品を買ってもらう為には相手に合った選択が必要だし必要性をつけていく作業がいる。そのためには相手のデ一タが必要だ。 まずは相手の負担にならないような質問を繰り返す。「ハイ」か「イイエ」で答えることのできる内容か、2~3の選択肢を与えて、どれを選ぶのか確認しながら繰り返す。選択肢を選ぶことは=買うということにはならないから安心感があるんだよ。さっきの例えと一緒だ『また逢ってくれる?』というのは重いけれど『今日は君の好きなものにしよう、今度は僕の好きなパスタにつきあってくれる?』にイエスと言っても、それが即付き合うことにはならないから気が楽だ。営業も一緒だよ。いかに相手に負担をかけずに本音を聞き出すかが重要。簡単だろ?」 「宮田さん、そうやって口説くんですね。参考になります」 「おいおい松本。これは研修だって」 「はい、非常にわかりやすくてタメになります!」 「ほんとかよ」 「宮田さんみたいに言ってくれたら、確かに本音を言いやすいです」  黙って聞いていた木村が口を開いた。恋愛話に例えると、男性より女性のほうが理解度が高い。 「松本さんが言ったように『何がいい?』って聞かれたら『なんでもいいわ』って言いたくなります」  俺は思わず笑ってしまった。手厳しいね~女の子は。 「だとさ、松本。相手が好きなものを言いやすいように「なにがいい?」って聞いたつもりなのに、一番本音をもらいにくい聞き方だってことだよ」  買ってもらうことは営業の利益になるが、それだけを追求すると確実な数字に繋がらない。 相手にとって買うことが利益になると思ってもらえるかが重要だ。「いいものを買わせてもらった」と「断りきれなかった」とでは商品の価値が大きく違ってくる。  いかに相手に気持ちよく買ってもらえるか、が俺のテ一マだ。それを営業スタッフに伝えることに悪戦苦闘している。すぐにト一ク集をくれとか、マニュアルをくれと言い出す。心がない、相手にマッチしていないト一クはただのセリフだから意味がない。相手が100人いれば100通りの受け答えがあるのだからマニュアルなんかいくつあっても足りないし役に立たない。そこから教える研修は疲れる。  でも教えたスタッフが俺の言ったことを理解して結果に繋がっていくのを見ると達成感がある。スタッフの成績があがれば、俺の待遇もあがっていくわけだ。双方の利益、俺は社内の人間に営業をしている。 本音をいわせてもらえば、俺のことを持ち上げてくれる誰かがいてもいいのに。浮かんできた男の顔を締め出した。  ホームグランドでヘタを打ちたくないと言ったのは自分だ。そんなことを言ってしまったことを少しばかり後悔した。

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