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 ラスタで顔を合わせてから俺の部屋に二人で帰るのが週末の約束事になった。ソファで眠ることになるので日曜の朝は体が痛くて目が覚めるが、それくらいの犠牲を払う価値がある。  ブカブカのパジャマを着ている智を密かに楽しみにしていたのに、うっかり口をすべらせてしまったおかげで智は俺のパジャマを着なくなった。代わりに濃いライムグリーンのパジャマを買って智に渡した。 「ちょっとこの色、すごくない?バッタ以上に黄緑だよ」 「そんな事言わずに着てみろよ。お前は色が白いし色素が薄いから絶対似合うって」 「宮さんだってそうじゃないか。色白だし、目も茶色だよ」 「そうだよ、俺に合わせたらけっこう似合っていたんだ。だからお前でもOKだよ」  呆れたように俺を一瞥してから寝室で着替えて戻ってきた。 「この色は近寄りがたいけど柔らかい感じにみえるんだな」 「宮さん、自分が着たらそうみえるんだって分析に僕を使わないでくれる?」  想像以上に似合っていた。自分の見立てに満足する。たぶんニヤニヤしていたのだろう。 「なんかエロおやじっぽい」 「智、お前、薄い色もいいけど、濃い目の色もいいな。濃いめのスカイブルーとか似合いそうだ」  智の顔が赤くなる。お前の一言で心臓が跳ねる俺、俺の一言で顔が赤くなる智、お互い様だ。  智の料理は色々バリエーションがあって飽きなかった。グリーンカレーなるものを初めて食べて、辛さとうまさに驚いた。鶏牛蒡ご飯に味噌汁、魚の煮つけにおひたしなんていう献立もあった。ピザを生地から作ってみたり、餃子も皮から手作りだったりと、俺の予想を超える品々に心から感謝した。旨い!すごい!を連発していたけれど、毎週あんまりうまいものが食べられるから「ありがとう」と言った、心から。  その時智の顔が緩んだ。泣きだすかと思った。 「そう言ってもらうと僕は一番嬉しいんだ、一番好きな言葉なんだよ『ありがとう』が」  そういってほほ笑む智の笑顔は俺の心臓を鷲掴みにした。 「僕が欲しい時に、何も言わないのにアリガトウをくれたのは宮さんが初めてだよ」  寝言で呼んだ「ミサキ」そいつに勝てる所が俺にもあったらしい。  いつものように本を読んでいる智を横に、俺はイライラしていた。付加価値の意味をうまく伝えるものが浮かんでこなくて、パソコンのキーを打ち込んでは消してを繰り返す。 「宮さん、苦戦してるね」  ページから目を離すことなく声だけが俺にむけられた。言っても仕方がないことだったのに、俺は愚痴っぽく智にこぼした。 「付加価値をうまく伝えられないんだよ。頭でわかっているのにさ。その物を売るのではなくて、それを買ったことによって得られるものを売る。結果、物が売れるっていう仕組み」  智はむっくり起き上がって本棚から本を取り出し俺に渡す。 「宮さん、ペンキ塗りのシーンはどうかな?」  智が差しだしたのは「トム・ソーヤの冒険」だった。ペンキ塗り?たしか叔母さんに罰として壁のペンキ塗りをさせられる。 「この時のトムは最高の営業マンじゃない?」  トムを思い出しているのかニンマリしながら智が言う。俺は半信半疑でページをめくった。  本当は遊びにいきたいのに叔母さんに罰としてペンキ塗りをさせられるトム。友人達がそんなトムをからかうのに、トムはそこで言う「僕は世界で一番幸せな子だ」と。  ひと刷毛塗っては下がり、出来栄えを確かめ、またひと塗り。こんな作業をさせてもらえるなんて幸せだと言いながら一心にペンキ塗りをする。だんだん友人達は、ペンキ塗りが実は素敵なことだと思い始める。 「ちょっとトムやらせろよ」「いやだ、こんな素敵なこと誰がやらすもんか」  友人達は結局トムにお金を払ってペンキ塗りをする。トムはしぶしぶ刷毛を渡しているような顔をしながら内心ほくそ笑む。 「提案がよければ付加価値がつくよね」 「智、うちにきて営業やらない?」 「いやだよ。僕は自分の望みはわかっているつもり」 「トム・ソーヤか……意外なところにヒントがあったんだな」 「小学生のトムにできるんだぞってね。トムのトークでこぞってペンキ塗りして満足しちゃうんだから。トムと友人たち双方が満足したから最高の商談だよ」 「智めっちゃ助かった、ありがとな」 「どういたしまして」  智はクスリと笑ってソファに戻る。俺は今の気持ちが消えないうちにキーボードを叩き始めた。  智と過ごす週末はとても意味のある時間だった。そして日に日に想いは募る。智という男は自分にとって唯一無二の存在になっていた。

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