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「仁さん、どうも」 『どしたの?宮ちゃん、めずらしいね、日曜に電話してくるなんて』 「仁さん、これから出ない?」 『僕はいいけど、明日仕事じゃないの?』 「そんな深酒する気はないよ」 『了解、じゃあ、ベタにススキノで待ち合わせしよう。地下で!』 「どっち側?」 『そりゃ~改札側でしょ』 「40分後くらいに着けそうかな」 『僕は歩いていくよ、お散歩がてら』 「じゃあ、また」  智、俺は踏み出すことにしたからな。  こじんまりした和食の店で仁さんと俺は日本酒を舐めていた。料理をつつきながら何て事のない話をしている。お銚子が3本あいたところで仁さんが口を開いた。 「これ以上進んだら深酒の域にいっちゃうよ?宮ちゃん」 「そうだね」 「智ちゃんのこと?」  相変わらずこの人には勝てそうにない。 「仁さん……智をもらっていいかな?」  仁さんは片方の眉をあげて俺を見る。 「智ちゃんは智ちゃんだ。僕のものでも誰のものでもないよ?」 「仁さんと智の間には、俺にはない何かがあるだろ?」  仁さんはお銚子をもう一本頼んだあとゆっくり話だす。 「そうだね、最初に智ちゃんに会ったときから僕は智ちゃんが大好きだ。頭が良い、そして自分を知っている。媚びない、格好よくて可愛い。 稜が大阪に帰った日、智ちゃんはひとりで飲みにきたんだ。自分の中に全部閉じ込めてね。みている僕のほうが泣きそうだった」  智に心の落とし方を教えた男。稜という名のミサキ。 「だから店の看板消して、言ったんだ。自分に戻っていいよって。叫ぶように泣きだした智ちゃんを僕はずっと抱きしめていた。僕も少し泣いちゃったよ、あんまり痛々しくて」 「智はその男に約束したんだ、忘れないって。ずっと抱えて行くって宣言されたよ」 「智ちゃんらしいね、そんなことわざわざ言わなくてもいいのに」  そうだ、黙っていればいいことじゃないか。自分の過去をあえて言う人間なんてそういない。俺だって言ったことがない。 「その時僕は思ったよ。智ちゃんは幸せにならなくちゃいけない。だからずっと見守ってきた。残念ながら僕には智ちゃんを幸せにすることはできないんだ。それはどうしようもない」 「なんで、仁さんならダメなの?」 「ん~。そういうのってあるだろ?お互い好きだけど、色恋に発展しない相性って。宮ちゃんだって片さんと恋人になれる?」 「無理だろうな」 「即答かい!片さんに言っておくよ」  ケラケラ笑う仁さんにつられて俺も笑みが浮かぶ。 「智ちゃんの過去を知っているから絆があるんだよ。僕達の間の空気が少し違うのは、智ちゃんは僕に心を許しているからかもね。簡単に自分を委ねるような人間じゃないから」 「たしかにね」 「そこにようやく宮ちゃんが現れた」 「俺?」 「そう、智ちゃんと対等であり、弱さもみせることができる。でもちゃんと守れるような男」  守れるかどうかは別として弱いのは確かだ。 「4年かかったんだよ、宮ちゃん」 「え?4年も一人でいたのか?」 「うん。ずっと待ってたんだ。稜との関係で智ちゃんは「欲しい」という気持ちを知ってしまった。それに今度は刹那的な関係を望んでいなかったしね。ただこんなに宮ちゃんがのんびりさんなのは誤算だったけど」 「のんびりって、あんまりじゃない?」 「僕が初めて会った頃の智ちゃんを知っていれば、そんなのんびりしてなかったはずだよ。なんだかね、削り取られたっていうのかな?削ぎ落されて、男の本能の塊みたいな凄みがあったよ。僕だってゾクってしたんだ。会ったその日に「君が好きだよ」って言っちゃったくらいだから」  なんだって?顔をあげて仁さんの目をみると驚くほど静かな目をしていた。おどけた様子は一つもない。 「あの時の智ちゃんをみておくんだったね、宮ちゃん」 「いや……その片鱗を今日見た……というか、なんというか……」  仁さんが面白そうにほほ笑む。 「それでようやくケツに火がついて僕に会いにきたんだ」 「格好悪いけどね」 「やっぱり智ちゃんは最高だね。ますます好きになったよ僕」 「俺、智がいいんだよ。智に何を教えたか知らないけど、その男を抱えていようが、なんであろうが智に傍にいてほしい、俺が傍にいたい」  仁さんは満足そうにほほ笑んだ。 「言う相手が違うよ、宮ちゃん」  少し恥ずかしくなって、お猪口をあおった。

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