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【包まれる香り】

◆小説用お題ったー。様より ~お題【包まれる香り】~  腐臭漂う小さな部屋で、私は少年を見つけた。  その少年は……高校生、だろうか……?  少年は蹲りながら、頭を抱えている。だというのに、その表情はどこまでも幸福そうだ。  ──一言で少年を表現するのなら【異常】だろう。 「どうして、こんなことをしたんだ?」  高圧的にならないよう、少年を興奮させないよう、冷静な声色を心掛けて問うてみる。  少年は頭を抱え、けれど笑んだまま、鈴の音に似た声で答えた。 「スズランのにおいがしたから」  少年の視線は、私ではない別の物に注がれている。  少年が見ているのは、ずたずたに引き裂かれたスーツだ。 「くさいくさい、スズランのにおい。だから、スズランにもにおいがついてる」 「鈴蘭に付いた匂い?」 「おにいちゃんのにおい」  高校生にしては、話し方がどこか幼く感じられる。言っていることも、私にはよく分からない。  ……まるで、子供の独り言だ。 「スズランのにおいが、おにいちゃんについてる。だから、おにいちゃんのにおいもスズランについてるの」  なにかの比喩表現なのか……少年はスーツを見つめたまま、呟く。  恐らく、このスーツは少年の物ではないだろう。少年が着るにしては、大きすぎる。  頭を抱える少年に近寄り、しゃがみ込む。視線を合わせると、少年の瞳が私を映した。 「鈴蘭の匂いは、嫌いか?」  少年は頷く。 「きらい、きらいだよ。どのスズランも、だいきらい」  ふと、思い出した。  ──鈴蘭は、有毒植物だと。  私の思う『鈴蘭』と、少年の言う『スズラン』が別物だとしたら──少年にとって、害のある存在。……それが『スズラン』なのかもしれない。  そんな私の思考に気付くはずもなく、少年は私を見つめながら、問い掛けた。 「……どうして、こわいかおをしてるの?」  いつの間にか、眉間に皺が寄っていたようだ。  緊迫した空気を作らないよう、なんとか表情を取り繕う。 「こんなことをして、なにになる?」  冷たい言い方だと、気付いた時にはもう遅い。  今度は少年が眉間に皺を寄せ、苛立たしげに声を荒げた。 「スズランはいいのに、ぼくはダメなの? そんなのおかしいッ!」  頭を抱え、少年は金切り声を上げる。 「──ぼくだってッ! おにいちゃんのにおいがほしかったッ!」  腐臭に包まれながら、少年が泣き出しそうな表情で私を見上げた。  ──もう、遅い。  ──今さら、少年になにを言えるだろう。 「君は、今……幸せかい?」  大きな瞳を丸くし、少年は驚いた様子だ。  ──けれど、すぐに笑みを浮かべる。 「うんっ!」  真っ赤な香水を身に纏いながら。  ──『おにいちゃん』の頭を抱えた少年は、無邪気にそう答えた。 【包まれる香り】 了

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