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【蘭と柴藤(猛暑)】

◆表紙イラストの二人。  外から日差しが強く照り付ける中。  縁側に座った(あららぎ)は、腹立たしそうに空を眺める。  しかし、睨んだところで日差しの強度は変わらない。  額に汗を浮かべながら、蘭はうんざりとした顔で、机に向かう柴藤(しとう)へ視線を移した。 「……お前さん、暑くないのか?」  お世辞にも薄着とは言えない柴藤は、涼しい顔をしながら答える。 「今朝に比べたら、全く」  時刻は、昼過ぎ。  西日が最も強く差し込む時間帯でも、柴藤は汗ひとつかいていない。  筆を走らせ、黙々と執筆をしている柴藤は、服装に一切の乱れがなかった。  肌の露出は最小限に、背筋はしっかりと伸ばし、暑さに苦しんでいる素振りを見せない。  そんな柴藤とは対照的に、蘭は普段以上に着物が乱れていた。  帯を巻く必要性とはいったいなんなのか、問い質したくなるほどだ。  縁側から室内に戻り、蘭は柴藤のすぐ後ろで横になる。 「あ~。畳が若干冷たい気も、しなくもない……くも、ない」 「そうですか」  筆を硯の上に置き、柴藤は蘭を振り返った。  普段なら、どんなに声を掛けても柴藤は振り返らない。  ――それなのに、今日はやけに素直だな……と。  正座をして自身を見下ろす彼を見上げながら、蘭は思う。  すると柴藤はおもむろに、身に着けていた赤い羽織を脱ぎ始める。  予想外の出来事に、蘭は驚きから目を見開いた。 「柴と――」 「えいっ」  不意に、赤い羽織が蘭に掛けられる。  瞬時に、蘭が眉間に皺を寄せた。 「……嫌がらせか?」 「紛うことなく」  柴藤は足を崩さず、暑さに顔を歪めた蘭を見下ろす。  普段から、柴藤の対応は冷酷極まりないものではあった。  が、暑さに腹が立っていた蘭は、真っ直ぐに柴藤を見上げ続ける。  すると。  ――突如、蘭は赤い羽織に顔を埋めた。 「――ん~! 羽織から柴藤の匂いがする~!」 「っ!」  嫌がらせを受けたところで、普段の蘭は笑って流す。  だが、今日は心に余裕がない。  それほどまでに、暑さでやられていたのだ。  柴藤は瞬時に頬を紅潮させ、蘭から羽織を奪おうと慌てて手を伸ばす。 「返しなさい!」 「やなこった! あ~……いい香りだな~」 「この……っ! 放蕩者!」 「『放蕩者』だぁ?」  羽織を奪い返そうと伸ばされた柴藤の手を、蘭は素早く掴む。  柴藤が『しまった』と思った時にはもう遅く、瞬きの間に柴藤は畳に押し倒された。  柴藤の上には蘭が、覆いかぶさるようにのしかかっている。 「離れ――」 「――なんで。今朝の方が暑かったわけ?」  ――蘭の問い掛けに、柴藤は頬をさらに紅潮させた。  蘭は満足そうにほくそ笑み、自分とは対照的に悔しそうな顔をしている柴藤を見下ろす。 「『放蕩者』らしく、好き勝手やらせてもらおうかね」 「あ、ららぎ……っ! あなたって人は、本当に――」 「押し売りされた喧嘩を、高額で買ってやるってことだぞ? 俺ってば、いい恋人だなぁ」 「触るな、獣――ひぁっ!」  暑さを感じていなかった柴藤はこの時、西日を差していた太陽が沈んだ後で。  ――憎々し気に『暑い』と悪態を吐くことを、知らなかった。 【蘭と柴藤(猛暑)】 了

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