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【平等にこなくてはならない明日】

◆思い付きで書いた短編です。  煙草の箱を叩きながら、あなたは言った。 「大人にだってな、怖いもんはあるんだよ」  ──とても、そうは見えない。  訝しむような目であなたを見ると、笑い声が返ってくる。 「ハハハッ! ……本当だっつの。信じろって」  ──なら、あなたが思い描く【怖いもの】とは。  その問いに、あなたは変わらず笑顔で答える。 「教えるわけねェだろォが。怖いもんは怖いんだから」  ──本当は、怖いものなんてないのでは。  わざとらしく落胆して見せると、あなたはヤッパリ、笑みを浮かべる。 「あるっつの。大人だって、人間なんだぞ? ……ただ、隠すのが上手くなるだけだ」  ──どうして、怖いという気持ちを隠すのか。  火も点いていない煙草を弄びながら、あなたはあっけらかんと答える。 「【大人だから】だろ」  ──なるほど。  ──分からない。  不意に、あなたが手を伸ばす。 「ボウズにゃ分からんよ」  ──それは少し、ズルイ。  乱雑に頭を撫でるあなたの手は、いつにも増して力強い。 「そんなに、俺の怖いもん……気になるのか?」  ──勿論。  大きく頷くと、あなたはヤッパリ……笑った。 「なら、特別に教えてやる。……お前を失うことは、メチャクチャ怖いよ」  ……言葉が、出てこない。思わず手が、動きを止める。  おかげで、画用紙の上にペンを走らせることができない。 「手術、うまくいくといいな」  ピタリと止まってしまった手の動きを、なんとか再開させたとき。……あなたがどんな顔をしていたのかは、分からない。  だけど……分かっていることも、ある。  あなたは画用紙に書かれた文字を見て、また、笑った。 「……ハハッ! 本当に、お前ってやつは……ッ! ほざきやがるッ!」  もう一度──今度はさらに乱暴な手つきで、あなたが頭を撫でてくる。  その拍子に、画用紙がベッドから落ちてしまった。 『──本当に、隠すのが上手だね』 『──今だけは、騙されてあげる』  大人にも、怖いことがあるらしい。それは……大人だって結局、同じ人間だから。  だけど、大人は嘘と隠し事が上手になる。  だからこそ、あなたのそれは……下手くそな、励まし。 「生意気なガキは好きじゃねェが、お前さんだけは特別だぜェ?」  怖いものを隠すのが大人の習性なら、あなたが本当に【怖い】と思うものは、なんなのだろうか。  それを知るためには、あなたと同じ【大人】になるしかないのかもしれない。 「また、明日」  珍しくヤニ臭くないあなたが、顔を寄せる。  なんだかあなたらしくない匂いだと言いたかったけれど、言ったらまた乱暴に頭を撫でられるから……それはまた、明日にとっておこう。  小さな楽しみを胸に抱いて、あなたからのキスを受け止めてみた。 【平等にこなくてはならない明日】 了

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