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【蘭と柴藤(雨音)】
◆表紙イラストの二人。
自分で考えたお題より
~お題【ほんの少しだけ騒がしい夜】~
その日。
柴藤 の部屋は、いつもより静かだった。
――蘭 がいるのに、だ。
「……ふぅ」
柴藤が一息吐いても、静かなことに変わりはない。
それが、どうしてか。
……理由は、考えるまでもなかった。
「…………んぁ……っ? ……ふ、ぁあ……っ」
目を閉じ、静かに寝息をたてていた蘭が突然、ひとりで喚き始める。
――そう。蘭はただ、寝ていたのだ。
目覚めた蘭を振り返ることなく、柴藤はため息を吐く。
「起きてしまいましたか。部屋がとても静かで、気分は良かったのですが」
「んん……っ? むしろ、お前さん……まだ起きてたのか?」
蘭は起き上がり、乱暴に自分の頭を掻いた。
それでも柴藤は原稿用紙と向き合ったまま、蘭を振り返らない。
「起きていましたよ。とても静かで、仕事が捗る絶好の機会でしたので」
「お前さんの頭に【減らず口】って単語はないのか?」
「私の職業をお忘れですか。……目に見えているというのに私のしていることが分からないような男から、教養についてとやかく言われたくはありませんね」
それだけ言い、柴藤は縁側に視線を向ける。
寝転がりつつも、愛しい恋人の背中を眺めていた蘭は、つられるように縁側を見た。
「あらら。雨、いつの間にか止んでたんだな」
「そうですね」
蘭は視線を、縁側から柴藤へ戻す。
すると、柴藤の青い瞳が細められていることに気付いた。
「……泣きそう、なのか?」
「は……?」
上体を起こした蘭の問い掛けに、柴藤は細めていた目を丸くする。
そしてすぐに、眉を寄せた。
「馬鹿なこと言わないで下さい。私が泣くわけないでしょう」
「そうだな。お前さんが泣くのは、ね――」
「蘭?」
「分かった、悪かった。頼むからそんな目をして縁側を指で指すのはやめてくれ」
冷え切った眼差しを蘭に向けつつ縁側を人差し指で指した後、柴藤がゆっくりと手を下ろす。
「泣きそうでは、ありませんが。雨が止んだ後の妙な静けさが、あまり……」
柴藤の言葉に、今度は蘭が目を丸くする。
静かな空間を好む柴藤が、静けさに対し、苦言を呈しているのだ。驚いて当然だろう。
けれど蘭には、柴藤が嘘を吐いているとは思えない。
「柴藤」
瞳を伏せた柴藤を見ながら、蘭は名前を呼ぶ。
すぐに柴藤は、目を向けた。
――すると。
「――先着一名様用の特等席がありますけど、いかがでしょーかっ?」
――蘭が両腕を広げて、柴藤を見ているのだ。
一瞬だけ。
けれど静かに、柴藤は困惑した。
やがて。
「――消極的な男は笑われますよ」
そう言った柴藤は姿勢を正し、蘭が近寄るのを待つ。
――いったい、どっちが消極的だよ。
そんな言葉は飲み込み、蘭は重たい腰を持ち上げた。
【蘭と柴藤(雨音)】 了
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