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【守備範囲の広い男】

◆思い付きで書いた短編です。  不意に、若い青年が立ち止まる。 「──二十三人目」  男の呟きを聞き、隣を歩く壮年の男が小首を傾げた。 「なにがですか?」 「擦れ違った人を見て抱かれたいなぁって思った数。……あ、二十四人目」 「若いですねぇ」  青年は歩きながら、遠目に人を指で指す。 「あの人は、ガタイが良くてオレ好み。あっちの人はヒョロイけど、オレ好み。……あそこでくっちゃべってる二人組は、どっちもオレ好み」 「節操なしも、ここまでくると清々しいですね」  小さく笑いながら、男は青年を見下ろした。 「あちらにいる少年は?」 「うぅん……ギリギリ抱かれたい」 「守備範囲が広いですね」 「ゆりかごから墓場まで。……幽霊もぜんっぜんアリ」  青年の言葉に、男は肩を揺らして笑う。 「素晴らしいですね。……良ければ、仲を取り持ちましょうか?」 「え……っ」  そんな男を見上げて……青年は、きまりが悪そうに頭を掻いた。 「あ~……うぅんと、さ」 「どうかしました? ……あぁ。誰との仲を取り持ってもらおうか、悩んでいらっしゃるのですか?」 「いや、そうじゃなくて……。あ~、のさ……言い出しっぺのオレが言うのも、なんだけど……気にならないの?」 「『気にならないの』ですか? ……はて、なにがでしょう?」  男が顔を覗き込んでも、青年は目を合わせない。  やがて……青年が、ポツリポツリと呟く。 「──オレたちさ、今からセックスしに行くじゃん。なのに、気にならないのかなぁって……」  ──青年の言葉に、男は。 「なんだ、そんなことですか。ふっ、ははっ」  ──やはり、肩を揺らして笑っている。  この人は、そういうことを気にしないのか……。青年はほんの少しガッカリしつつも、恐る恐る、男を見上げる。  すると。 「──気にするもなにも……僕が、二十四人分楽しませてあげれば良いのでしょう?」  普段の温和な笑みではなく、不敵な笑みを浮かべた男と……青年は、目が合った。 「…………抱いて」 「最初からそのつもりですけど?」 「うっわ、スケベでやんのぉ……? ……手荒に激しく野生的にお願いします」 「ふふっ、了解しました」  青年がわざとらしくも小さく、頭を下げる。  その様子を見ていた男は、いつもと同じ穏やかな笑みを浮かべた。 【守備範囲の広い男】 了

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