32 / 62

【嘘吐きは誰?】

◆いつぞやに書いた短編です。  ──好きなんです、先生のことが。  それは、中学生の僕が抱くには早すぎる感情だったと、毎日思う。  ──僕は、先生が好き。  ──大好きなんです。 「好きですよ、先生」  笑顔でそう言う僕に、先生は『反吐が出る』とでも言いたげな顔を向けてくる。 「……気持ち悪い」  先生はいつだって、僕の告白には迷惑そうな顔をするんだ。だから僕は、笑い続ける。  ──僕の本心を【嘘という嘘】に隠して。 「あはっ、冗談ですから安心してください?」  ──本当は、大好き。  だけど『これが本心だ』と、言えるわけがない。  いつも『気持ち悪い』と一刀両断されて、その度に『嘘ですよ』と言い続け……。正直なところ、僕の心はボロボロだ。  気持ちを、黙っていたらいいのかもしれないけれど……それは、無理。  ──口に出さないと、おかしくなりそうで。 「はぁ……っ」  生徒の前だっていうのに、先生は煙草を吸い続ける。煙を吐くと、いつもの冷たい視線で僕を見つめた。  そんなことにも、僕の胸は高鳴ってしまうのに……。 「嘘なら、わざわざこうして言う必要ないだろ」  ──嘘じゃない。  本当は頭を撫でられたいし、抱き締められたい。キスだってされたいし、エッチなこともしてほしいんだ。  ……そのくらい、好きで好きで堪らないのに。  顔には嘘の仮面を貼り付けているけど、言葉には……なにも、付けていない。  ──本心、なんだ。  それでもいつか『言う必要がない』って、言われると思っていた。 「えへっ」  ──先生は、意地悪だ。  例えこれが嘘の【好き】だとしても、少しくらい喜んでくれたっていいじゃないか。 「いや『えへっ』じゃなくて……」 「口癖みたいなものですよ」 「それは困った口癖だな」  そんなに、僕の気持ちは迷惑なのかな。  なんで、先生はちっとも喜んでくれないのだろう。  ──僕が、男だから?  ──それとも僕が、中学生だからかな?  僕は、ジッと先生を見つめた。  ──怖いけど、訊いてみたいことがある。  ──どんな現実でも、受け止める覚悟はあるから。 「……な、んで、気持ち悪いんですか?」  ──あぁ、情けない。  ──声、震えてるじゃんか。  仮面が剥がれて、バレてしまう。  先生は僕の仮面が剥がれていく様を、じっくりと眺めているんだろう。俯いた僕の頭上から、先生の素っ気無い声が降り注いだ。 「勘違いすんなよ。……気持ち悪いのは、お前じゃない」 「え……っ?」  ──ガシッと、頭を掴まれる。  なにごとかと思う前に、ガシガシと……乱暴に、撫でられた。 「中学生相手に発情とか、ただのショタコンだろ?」  僕は思わず、先生を見上げてしまう。  目が合いそうになると、無理矢理下を向かされた。 「ちょっ、ちょっと……っ! せっ、先生っ!」 「黙れ」 「待って、分かんない……先生ったら……っ!」  ……嘘っ? こんなの、嘘だ……っ!  ──だって、それじゃあ、まるで……っ! 「……おい」  カタカタと震える僕から、先生が手を離す。  不機嫌そうな呼び声に、体と同様、声も震えた。 「はっ、はい……っ」 「手、離したんだからこっち向けよ」 「むっ、無理……です……っ」  ずっと、僕が『好き』と言う度に、先生はドキドキ、していたのかな?  先生は、ずっと、僕のことを……っ?  ──嘘を吐いていたのは……先生、だったの? 「こっち向かねぇと宿題出すぞ」 「そっ、それは嫌……です」 「なら向け」  僕は恐る恐る、先生を見上げる。  背の高い先生の顔が目の前にあって、唇に温かいものが触れた。  ──これは、夢?  ──これが、嘘なの……っ?  僕は、先生のスーツをキュッと掴むと……。  ……『嘘もいいかな』と思って、目を閉じた。 【嘘吐きは誰?】 了

ともだちにシェアしよう!