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【なにかが違う】
◆いつぞやに書いた短編です。
高校三年生。
受験生になるというのにぼんやりと窓の外を見ながら、コイツは変なことを言っている。
「ドリルってさ、男のロマンだよな」
正直な感想を言うと……まったくもって、意味が分からない。
そもそも、ドリルとはあの……問題集のことだろうか。コイツは、勉強が好きなタイプには見えないのだが。
黙り込んだ僕を、訝しむように見ている。そんな目をするのは僕の方だと思うのに、どうして僕がそんな目で見られているのだろう。
「……どこが?」
一応、話題には乗ってみる。
コイツは「んー……」と言って、椅子を上下に揺らした。
「あの、有無を言わさない感じ?」
「疑問形で返されても」
確かに、学生の疑問を解消するためにこれでもかというほど、答えが書いてある。オマケに、丁寧な解説も、だ。
──しかし、どうしてそんな話を放課後の教室でしないといけないのか。
「帰ってもいいか?」
「ちょ、待てよ!」
どこぞのイケメンのようにそう言うと、コイツは突然、僕の腕を掴んできた。
いきなり引っ張られて驚いてしまった僕は、コイツに寄りかかるような体勢になってしまう。
「……おい」
「いやいやいや! これ、俺のせいじゃねーだろ!」
コイツが僕を呼ぶときは、大体いい話じゃないときだ。
……例えば、教科書を忘れたとか、弁当を忘れた。筆記用具がないとか、近所の兄さんを怒らせたとか。
……思い返してみても、全く僕に関係ない話題だ。
そんな前科持ちのコイツは、昼休みに僕を呼び止めてこう言ってきた。
『今日の放課後、ちょっと時間あるか?』
……この時点で、いい予感はしてなかったんだ。
きっと今度もまた、一緒に誰かのところへ謝りに行こうとか、そういう話に決まってる。
……そうとは分かっているのに、なんで僕は毎回コイツを待っちゃうのかなぁ。
僕も、随分と物好きだった。
寄りかかった僕を見つめて、コイツは困ったような顔をする。
……そうだ。僕はコイツに、寄り掛かったままだった。
「悪かったな」
離れようとすると、腕が掴まれたままだったと気付く。
「……どうした?」
なんだか、今日のコイツはおかしかった。朝からやけにソワソワしていたし、話も……いつもだが、いつも以上にくだらないことばかりで。
……もしかして、風邪か?
見つめていると、目の前のコイツはなにやらブツブツと呟いている。
「やっぱり、言うしかねーか……あぁ、そうだよな」
……なにを言うんだ?
今度は僕が、コイツのことを訝しむような目で見つめる。
──すると突然、改まった声色でこんなセリフを言ってきた。
「付き合ってくんね?」
──へらっと、笑っている。
コイツは、そんなことを言うために僕を引き止めて、クラスの奴が全員帰るまで、待たせたのか?
「……なぁ」
「……ッ」
僕が声をかけると、コイツの肩がビクッと跳ねた。
くっついているままだから、僕にも伝わってしまう。なぜかコイツの手は震えていて、どことなく顔色も悪い。
鈍感だと言われる僕でも、今のコイツが『変だ』と分かる。
──ヤッパリ、風邪か。
となると、付き合う場所は病院だな。今の『付き合って』は、つまり……一人で病院に行きづらいのだろう。
「……まぁ、いいけど」
顔を見つめたまま、小さく頷く。
僕の返事を聞いて、なぜかコイツは……呆けて、いる。
「……えっ、マジでっ?」
「あぁ」
僕はコイツの手から逃れて、立ち上がった。
そのまま、振り返る。
「それで、病院の予約は──」
「……ヤベッ、にやける」
……は? なにが?
なぜかこの馬鹿は僕を見て、顔を真っ赤にして……ニヤニヤしている。
たかが、付き添い。頼まれたらいつも、どこにだってついて行っていたのに。なんで今日は、こんなに嬉しそうなのだろうか?
──なぜだか、嫌な予感がした。
「お、おい……っ?」
不意に、腕を引かれる。
世界が少し変わって……目の前に、コイツの顔が、アップで……っ?
「……っ!」
唇に、柔らかなものが押し当てられる。
──ま、さか……っ!
「俺、ずっとずっと付き合ってほしくて……ッ」
「……おい」
「ん?」
拳が、震える。
腹が立って、言葉が見つからない。
「お、まえ……っ」
「え──」
「──紛らわしいんだよクソッタレ!」
僕は、その日。
──初めて、人を殴った。
【なにかが違う】 了
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