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【蘭と柴藤(放浪)】

◆表紙イラストの二人。  物語が最終章を迎え、最後の一文を書き上げた柴藤(しとう)は、達成感から息を吐く。  長く息を吐き、体内の酸素を全て交換するかのように、今度は深く……息を吸う。  柴藤は筆を置き、書き上げたばかりの小説に目を通す。 (子供が主役の、放浪物語。完成まで、もっと時間がかかると思っていたのですが……)  普段の倍以上も早く作品を完成させた柴藤は、小首を傾げながら物語を読む。  苦手分野かと思っていた題材は、予想以上に書き易く……柴藤は久し振りに、楽しみながら筆を執っていた。  ――しかし、その理由が分からない。  身近に子供はいないし、柴藤自身も【子供好き】というわけではないからだ。  すると……不意に、襖が開く音が聞こえる。 「遊びに来たぜ」  やって来たのは、(あららぎ)だ。  柴藤は小説から視線を外すことなく、それでいて素っ気無く返答する。 「どちら様でしたっけ」 「なんだ? 今日はえらく上機嫌だな」  蘭は柴藤のすぐ後ろに座ると、そのまま腕を回してきた。  殴り飛ばしたい気持ちは勿論湧いてきたけれど、今は推敲作業に集中したい。  柴藤はなんの反応も示さずに、口をつぐんだ。  が、柴藤が拒絶してこないことに機嫌を良くしたのか、蘭は話しかける。 「お、完成したのか」 「唾を飛ばさないで下さい」 「飛ばしてないんだけどなぁ……」  黙っていてほしいという意味だと分かっている蘭は、大人しく口を閉ざす。  柴藤と同じように、蘭も目で文字を追う。  ――静寂に包まれた室内で、先に口を開いたのは蘭だった。 「なんか、この話……変な感じ、と言うか……んん?」  蘭は眉間に皺を寄せて、文字を追い続ける。  小説を読み終わると、柴藤は蘭の手の甲をつねりながら、口を開いた。 「『変な感じ』とは、どういう意味ですか?」 「いてててっ、痛い、痛いっ」 「はぐらかさないで」  蘭の感想を全く当てにしていない柴藤ではあったが、自身の作品を『変』と言われるのは面白くないのだろう。  手の甲から指を離し、身じろぎながら問い掛ける。  蘭は柴藤を抱き竦めると、不可解そうに眉を寄せたまま、問い掛けに答えた。 「なんか……既視感? お前さんの書く話は難しくて、いまいちよく分からんが……この話は、凄く分かり易いって言うか……ん~?」 「……既視、感?」  蘭の答えに、柴藤は斜め読みで小説を読み返す。  ――そこで、どうしてこの物語が難なく書き上げられたのか……その理由に、気付いた。 (――身近に、いたから……?)  柴藤は、自分を抱き締めている蘭を振り返る。  蘭は依然として不可解そうな表情をしているが、柴藤と目が合うや否や……表情を明るくした。 「どうした?」  自分より大きな恋人を見上げて、柴藤はため息を吐く。 (感謝の言葉は、述べませんよ)  そう心の中で囁いた後、今度は口に出して、蘭へ訊ねる。 「――今日は、どこをほっつき歩いていたんですか?」  放浪癖のある無邪気な青年を見つめる柴藤の瞳は、慈愛に満ち溢れていた。 【蘭と柴藤(放浪)】 了

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