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【家庭的で一途な後輩がピッキングするだけの話】
◆思い付きで書いた短編です。
その日も、僕は。
鍵穴に鍵を差すことなく、扉を開けた。
……出掛ける前に、鍵をかけたのに、だ。
「──あっ、おかえりなさいッス、先輩」
ふにゃりと笑う男を見て、僕は心底辟易しかける。
「鍵、かかってたよね?」
「…………開いてたッスよ?」
「あ~、そっかそっか。僕の勘違いだったか~。……なら、そこに落ちてるピッキングに使ったっぽい道具はなにかな?」
「ただのゴミじゃないッスか? まったく、部屋の掃除はこまめにしないとダメッスよ、先輩?」
あくまでもしらを切り通す男に、かける言葉はない。
このやり取りは、もう数え切れないほどしたからだ。……正確に言うと、三十回を超えてから数えるのをやめた。
「それよりも、先輩。今日の晩ご飯は先輩の大好きなビーフシチューッスよ?」
「あぁ、ありが──なんでキミは僕の好物を知っているのかな?」
「愛ゆえにッスかね? 先輩、大好きッスよ」
「このタイミングで言わないでよ。フツーにときめかない」
せっせと甲斐甲斐しく晩ご飯の準備を進めながら、男は笑う。
「家事ができて一途で、オマケに仕事もできる。先輩、オレのなにが不満なんスか?」
「あ~……。僕、付き合うなら【体の相性がいい子】って決めてるんだよね」
「セックスします?」
「そんな『おかわりいります?』みたいなノリで言わないでよ」
用意してくれたビーフシチューに舌鼓を打ちつつ、男を眺める。
「ちぇ~っ。先輩、今日もオレのこと恋人にしてくれないッスか~」
そう文句を言いつつ、男──会社の後輩は、僕と同じようにビーフシチューを食べ始めた。……まぁ、うん。料理は、おいしい。ビーフシチューに罪はないね。
カチャカチャと、食器のぶつかる音が鳴る。
不意に、僕はポケットに手を突っ込んだ。
「……ねぇ、ストーカーな後輩君。手、出してみて」
「えっ、なんスか? 脱ぎたてのパンツでもくれるんスか?」
「あははっ、笑えな~い。通報しよっか? 探せば、余罪は数え切れないほどありそうだしね」
「どうせなら豚箱じゃなくて、先輩の寝室にぶち込まれたいッスね~。先輩、愛してるッスよ」
「詳しい話は署で聞こうか。……で? 手、出すの? 出さないの?」
スプーンを置いた男は、そそくさと左手を出した。……なんで指輪をはめてもらうかのような手の出し方なのかは、突っ込まないからね?
「なんスか、コレ? 小っちゃい袋ッスね~? これじゃあパンツ、しわくちゃになっちゃうッスよ?」
「今って一応、食事中なんだけど? ……とにかく、身に着けるものじゃないから」
すぐさま、男は袋を開けた。
──そして。
「……アハッ。先輩のウソつき~」
「はぁ? 嘘なんて言ってな──」
男は袋の中身を取り出して、僕を見つめた。
「──ネックレスにして、毎日身に着けてやりますよ。ねっ、先輩?」
そう言って。
──男は合鍵を握り、歯を見せて笑った。
【家庭的で一途な後輩がピッキングするだけの話】 了
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