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【蘭と柴藤(紅簪)】
◆表紙イラストの二人。
その日、蘭 は市場である物を見つけた。
紅色の、簪 。
どう見ても、女性向けの色合いと飾り付けがされているそれを手に、蘭は考え込む。
(柴藤 に似合いそうだが……これを贈って、果たしてなんて言うか……)
思い浮かべるのは、毒舌で素っ気無い。
……けれど、誰よりも可愛らしい恋人の姿。
空想の中で、蘭は柴藤に簪を渡す。
簪を受け取った柴藤は、眉間に皺を寄せた。
『簪とは、女性が使う装身具だと記憶しているのですが……あなたのお考えを、拝聴しても?』
蘭は力無く首を横に振り、想像を払拭する。
本心では、絶対に嫌がるだろうなと分かっていながら……蘭は実際に、この簪を挿した柴藤を見たいのだ。
となると、必要なのは贈り物を喜んで受け取ってくれたという想像。
蘭はもう一度、目を閉じて思い描く。
『この簪は、お前さんの為に作られた。……そんな気がしてならない。受け取ってくれるか?』
簪を受け取った柴藤は、白磁のような頬を朱に染めて、口元に指を添える。
『あなたって人は……っ。会えない日も、これを挿している間は、あなたがそばにいる。……そう思って、よろしいのでしょうか』
蘭は目を閉じたまま、一言だけ呟く。
「――ないな」
「――なにが、ないのですか?」
背後から聞き馴染みのある声が聞こえて、蘭は慌てて目を開いた。
今まで想像で語り合っていた人物――柴藤が、いつの間にか背後に立っていたのだ。
柴藤は涼やかな瞳で、蘭が手にしている簪を見つめる。
「おや、自分用ですか?」
「いや、これは、贈り物にどうかなぁ……と、思って……っ」
妙に慌てている蘭を、柴藤が冷ややかな目で見上げた。
――その目は【軽蔑】を意味している。
「お目当ての女性でも?」
「断じて違う!」
「そうですか」
明らかに、信じていないと言いたげな瞳。
柴藤は不機嫌そうに眉を寄せ、踵を返した。
「気分転換に外へ出てみたら、見てはいけないものを見てしまったようですね」
誤解したまま歩き出してしまった柴藤を見て、蘭は乱暴に頭を掻く。
困ったように自分を見上げていた店主に、蘭は捲し立てるように声を掛けた。
「悪い! これ、買わせてもらう!」
手にしていた紅色の簪を手に、蘭は柴藤を追い掛ける。
歩幅が小さい柴藤に追いつくのは、容易だった。
蘭は柴藤の腕を強引に掴み、自身を振り返らせる。
「は? 乱暴ですね、なんですか」
「決して! お前さんを女扱いしているとか、女々しいとか! そういう意味じゃない!」
「なにが――……は?」
柴藤の手には、先ほど蘭が手にしていた簪が、握られていた。
暫く簪を見つめていた柴藤だったが、すぐに蘭へ背を向ける。
「帰ります」
「あっ! おい、柴と――」
「急遽。自室の掃除をしたくなりました」
蘭の制止も聞かず、柴藤は歩き出す。
そんな柴藤を慌てて追い掛けて、蘭は隣に並ぶ。
自分より背の低い柴藤を見下ろして、蘭は思わず……破顔する。
「手伝うぞ」
「当然です」
唇を尖らせて頬を紅潮させた柴藤は、蘭を見上げずに、歩を進めた。
――その日の夜、柴藤の部屋には美しい紅色の簪が一本、飾られたらしい。
【蘭と柴藤(紅簪)】 了
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