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【時は戻らない】

◆思い付きで書いた短編です。  ──大切な、幼馴染みだった。  いつも勇猛果敢で、曲がったことが大嫌いで、正義感の強い男。  カッコよくて、色々な人から慕われて、太陽みたいな人。  ──彼は僕の、憧れだった。  別段寒くもないのに、唇が震える。 「僕は、あなたを……っ」  か細い声が、こだました。  牢屋の中で、鎖に繋がれた男は……僕の知っている彼とは、随分変わってしまったように思える。  ──彼の目は、いつだって希望と未来を描いて、輝いていた。  ──彼は決して、誰かを睨んだりしない。いつだって彼は、笑みを絶やさなかったのに……っ。  鎖に繋がれたまま、彼は酷く濁った瞳で僕を睨んでいる。  怒りと憎悪にまみれ、笑みなんか一切浮かべずに。 「……処刑の時間になったのか」  こんなにも冷え切った彼の声を、僕は聞いたことがない。  彼は僕を、真っ直ぐに見つめている。  まるで……死の宣告を受けたのは僕なんじゃないかと、錯覚してしまうほど。僕の足は、情けなく震えていた。 「僕は、あなたを……死なせたく、ない……っ」 「は、っ?」  何度も首を横に振る僕を見て、彼の目が丸くなる。  その目だけは、昔……見たことがあった気が、したけれど。だけどすぐに、その瞳は怒りをたたえた。 「なにを、言っている……? 砂時計をひっくり返せば、時が戻るとでも言いたいのか?」  こんなふうに誰かを突き放すような言葉を、彼はどこで覚えたのだろう。  彼はまだ、僕に対して文句を言いたげだった。  だけど、諦めたのか……それとも、無意味だと悟ったのか。 「殺せ。……殺しなさい。私は、生かされることなんて望んでいない」  一度だけ、彼は瞳を伏せる。  だけどすぐに前を向き、僕を睨んだ。 「生かされるということは、私にとって……最たる冒涜であると知れ」  そんなこと、ずっと前から知っている。  国を変えるため、革命軍として戦う彼を……僕はずっと、見ていたから。  薄汚いこの国に染まっていく彼を、僕は見ていることしかできなかった。  そして……。 「殺せ、殺せ、ころせ」  僕を睨んでいるのに、彼の心には僕なんかいない。  彼が呪詛のように呟いているその言葉は、僕への言葉じゃないんだ。  ──彼の目に、僕が映らないということも……僕はずっと前から、知っている。  ──ずっと、好きだったんだから。 【時は戻らない】 了

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