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【少しだけでも】

◆いつぞやに書いた短編です。  突然だが、俺の恋人は超能力者だ。 『明日の夜、会いに行く。時間を空けておくように』  突然、スマホに映し出された宛先不明のメール。  アドレなんて概念は無い。開いてもいないのに映し出された、メールの画面。  こんなことをできるのは、アイツくらいだ。 「……もう、どのくらい会ってねぇんだっけな……?」  超能力者は、なにかと忙しいらしい。俺は平凡な一般人だから、よく分からんが。  ……とにかく。明日の夜、アイツがやって来る。しかもどうやら、わざわざ俺に会いに。 「なんか、こうして予告されると……妙に、落ち着かねぇな……」  俺は浮かれる気持ちを必死に隠しつつ、部屋の片付けを始めた。  * * *  夜まで、時間がとても長く感じた。  朝はいつもより早く起きてしまい、就業時間は体感的にいつもの三倍だ。 「──やっと、夜になった……ッ」  そう思ってから、もう何時間経っただろう。  時刻は、深夜十一時。……しかも、あと数分経つと【日付】が、変わる。  これでは『明日の夜』ではなくなってしまうではないか。 「アイツ、おせぇな……」  急な用事でも入って、来られなくなってしまったのかもしれない。……その可能性は、大いにあり得る。  昨日のメールを再確認しようとしたが……そもそも、どうやって開くのかすら分からない画面だった。当然、二度は開けない。 「……仕方ない、か」  自分でも引くほど、俺はどうやら相当、今晩を楽しみにしていたらしい。  無意識のうちに呟かれた、なんとも情けない言葉。  そのまま空気に溶けるかと思われた、その言葉が。 「──なにが『仕方ない』なんだい?」  意味を、持ってしまった。  俺以外の声が、呟きに疑問を返したのだ。  慌てて振り返り、声の主を見る。 「お、まえ……ッ」 「やぁ。久し振り」  片手を上げ、そのままヒラヒラと振りながら、男は俺に近付く。  ──間違い、ない。  ──数ヶ月ぶりに会う、恋人だ。  てっきり今日はもう、会えないとばかり……っ。 「お前、なんで……っ?」 「『行く』とメールをしたはずだが?」  そういう意味の『なんで』ではない。……だが、そんな会話に意味はないだろう。 「……もっと、早く来いよ」  近寄ってきた男の胸を小突き、ポツリと呟く。  そうすると、男は俺を抱き締めた。 「すまない。少し、立て込んでいてね。……珍しいね、キミがそんなに甘えてくるなんて」 「うるせぇ」  頭を撫でてくる意味が分からねぇ。  しばらくそうしていると、男は突然……シュンと、肩を落とした。 「実は、今も無理矢理こっちに来てるから……あまり時間はないんだ」 「は……っ? そ、そうなのか?」  思わず、落胆の声が出る。  そんな俺を見て、男は意地悪く微笑んだ。 「久し振りに顔が見たくなってね。……僕の方が、甘えたかったみたいだ」  そう囁き。  頬に触れるだけの、軽いキスを落としてきた。 「……また、来いよ。できるだけ、早く」 「今度はもっと時間を作るよ」 「おう」  どちらからともなく、俺たちは互いをしっかりと抱き締める。  そして、今度は唇にキスをした。 「「愛してる」」  その言葉だけで、また明日からも頑張れる気がするんだから……不思議なものだ。 【少しだけでも】 了

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