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【ある男の日記】

◆思い付きで書いた短編です。  子供の頃からの、片想い。  一生言わないし、一生言えない言葉。  ……どうして、言えないのか。その理由は、まさに単純明快だ。  ──これは、物語なんかじゃないから。  きっと、今……僕が書いたこの日記を、誰かが読んでいるのだろう。  だから、僕はあえて【誰かがこの日記を読んでいる】ということを想定して、この日記を書こうと思っている。  そしてその【誰か】は、こう思うに違いない。  ──いいから早く告白しろ。……と。  ──ウジウジしていて腹が立つ。……と。  きっと、そう思うに違いない。  ……なら、逆に言わせてもらおう。  これを読んでいる【誰か】──そう、キミなら? キミなら、簡単に告白ができるのか?  僕の好きな人は、男。……つまり、同性だ。それでいて、子供の頃からずぅっと一緒の、大切な幼馴染み。  僕のことはたぶん、仲のいい親友くらいには思ってくれている。……はず。  とにかく、そんな相手。友達というベクトルから外れられない。そういう相手なんだ。  ……勝算? そんなもの、限りなくマイナスに近いゼロに決まっている。  僕が好きな人は、そういう相手なんだから。  仮に、告白したとして。……振られる以上に、怖いことがある。  僕が同性愛者だと、周りに言いふらされるかもしれない。  勿論、僕の好きな奴はそんなことを言うとは思えないけど。……でも、絶対とも言い切れない。  そういう【底知れない恐怖】と【ハイリスク】がある中でも、キミは告白ができるのか?  ……それでも、きっと。  キミたちは、僕に『早く告白しろ』って言うんだろう?  このページを読んでいるキミたちにとって、僕の恋心は恋愛小説のひとつに過ぎないんだから。  だけど、違う。これは、恋愛小説とか……空想の物語じゃ、ないんだ。  ──これは、僕の人生。  ──たった一度きりの、人生なんだよ。  だから僕は、この気持ちを誰にも言わない。  臆病者な僕は、ノートに書きなぐるだけ。  そしてきっと、明日も僕は。  好きな人の前で、笑うんだ。  * * *  亡くなった幼馴染みの母親から、俺は一冊のノートを受け取った。  ノートの一ページ目に、俺の名前が書いてあったらしい。両親はこのノートを『あなたの名前が書かれていた一ページ目以外は、読んでいない』と言っていた。  だからこそ……俺だけは、このノートを読まなくちゃいけないんだ。  どこの文房具屋にでも売っているノートに書かれた、ここにしかないたったひとつの想い。  俺は最後のページを読んだ後……ゆっくりと、目を閉じた。 「──いいから、早く告白しろよ。……馬鹿」  ノートにびっしりと書かれた、少しやさぐれた愛の言葉たち。  それは、間違いなく……死んだアイツが書いた、唯一無二の日記だった。 【ある男の日記】 了

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