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【面白味もない恋の話】 3

 待つんだ、俺。浮かれるのにはまだ、早い。  コヨリは、どこか抜けている男だ。俺の質問の意味を、正しく理解できていない可能性があまりにも高すぎる。 「じゃあ、なんだ。……俺が、たとえば彼女を作ったりした場合。その場合、コヨリは落ち込むのか?」  というわけで、理詰め。俺はもう少し分かり易い言葉で、コヨリに訊ねた。  ここで、コヨリが落ち込みながら肯定したら。そのときは、コヨリのことを力いっぱい抱き締めてやろう。ハッピーエンドの開幕だ。  ……しかし、コヨリの返事はと言うと。 「──えっ、落ち込まないよ?」  なんと、まさかの否定。しかも、かなり真顔で。  全くもって、一切合切。俺に彼女ができても、自分には関係がない。……そう言いたげなコヨリの様子に、俺はすかさず眉を寄せた。 「……いい、のか? 俺に、彼女ができても」 「うん、祝福する。お兄ちゃんの良さは僕が一番よく知ってるから、彼女さんに保証するよ」 「それはありがたいが、本当にいいのか? ……俺が彼女と、あんなことやこんなことをしても、か?」 「うん、いいと思う。お兄ちゃんのアソコが形よし、太さよし、味よしなことも僕が保証するから」 「それもありが──ちょっと待て。なんでコヨリが俺の味を知ってるんだ?」  コヨリ、以前として真顔。……どちらかと言えば、キョトン寄りの表情だ。  つまり、マジでコヨリは俺に彼女ができても構わないらしい。こんな時に嘘を吐くようなタイプではないし、そもそもコヨリは素直すぎるくらい素直な男だ。元来、嘘を吐くような男ではない。 「保証してくれるのは嬉しい、けど。……コヨリは、俺のことが好きなんじゃないのか?」 「うん。好きだよ」 「なのに、いいのか? 俺に彼女、本当にできちゃっても」 「うん。いいよ」  ……どういうことだ? コヨリの考えが、本気で分からない。思わず俺は、立ち止まる。  まさか、やはりコヨリの【好き】はただの尊敬なのか? 恋人とか、そういう意味合いの【好き】ではないのかもしれない。  俺が頭をグルグルと忙しなく動かしていると、コヨリもピタリと足を止める。そしてそのまま、立ち止まった俺をジッと見上げた。 「お兄ちゃん? どうしたの?」 「コヨリが俺のことを好きだという確信が、ものの見事に崩れ去った」 「どうして?」 「俺に彼女ができても、気にしないから……かな」  今さらだが、これって……俺は、失恋をしたってこと、だよな? くっ、つれぇ。  こんなことなら、ヤッパリ初めの作戦通りコヨリとは距離を取るべきだったのかもしれない。今さらそんなことを考えたって、後の祭りではあるが。  ドヨンと落ち込む俺を見て、コヨリは小首を傾げている。そんな無邪気ゆえの残酷さがまた、俺の胸をギュワッと締め付けた。 「お兄ちゃん、僕がお兄ちゃんを好きって信じられないの?」 「それは、まぁ。……さすがに、無理だろ」 「どうして?」 「『どうして』って、そんなの──」  コヨリは未だに、可愛らしく小首を傾げながら。 「──【最終的】に、お兄ちゃんの隣にいるのは僕だよ。それなら【今だけ】お兄ちゃんが誰と付き合っても、僕は困らない。……そう言ったから?」  無垢な瞳と、純白の翼が生えんばかりに柔らかな言葉で。  ……ゾクリ、と。俺の背筋を、震わせた。

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