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008 今はまったくその片鱗がない1-2
十三歳の今のアロイスと俺には面識がない。
だが、アロイスが抱えている問題は同じだ。
二年後の十五歳のアロイスのほうが、切羽詰まっているかもしれないが早めにスカウトしてもいいだろう。
「おにいさま?」
「メッツィラ商会の姫君ゾフィアを知っているかい」
「看板むすめさん」
「以前、面識は?」
ユーティは「ありません」と首を横に振る。
面識はなくとも彼女の存在は知っているらしい。
どんな世界でも目立つ人間は目立つものだ。
「ミーデルガム家の茶会に小さな歌姫という形で彼女がやってくる」
「その方と、おともだちに?」
「事前に会っておけば、茶会で気を利かせてくれるだろう」
ゾフィアはアロイスの従妹にあたる。
商才があるのでドンから娘のようにあつかわれているが、本人は賢いので一歩引いて接している。
商人ではなく歌姫として生きていきたいのかもしれないが、難しいだろう。
歌を封じ込めるマジックアイテムは存在するが、高級品だ。
貴族たちに披露するだけでは足りないとはいえ、庶民に披露したとしてもお金にならない。
ゾフィアが商会の人間だということをふれ回れば宣伝の意味があるかもしれないが、彼女が望む評価ではない。
「商人の娘というのは賢いものだから個人的に知り合っておいて損はないよ」
「こっそりとお買い物ができますか?」
「そういうことだ。そのうち使用人を通さずに彼女から買うことができるようになる」
侯爵令嬢であるユーティは庶民のように買い物に出ることはない。
店が家までやってくるが、それだけでなく、使用人がユーティが必要になるものを事前に買い揃えておく。あれがない、これを買って、なんていう会話をする必要がない。普通なら。
ユーティからすると服に毒針が仕込まれているかもしれないという恐怖がある。
自分でドレスを作ろうとカーテンを取り外して工作していたことがある。もちろん、不格好になっていたので、俺が作りなおした。俺が買い与えたドレスを警戒することはないので、使用人越しに渡される服が嫌なのだろう。
ゾフィアから直接購入することになれば、ユーティの気持ちが楽になるのは間違いない。
疑心暗鬼によって、使用人に対して攻撃的になることも減るだろう。
「……メッツィラ商会への入り口は、大通りの緑色の門になります」
パン屋に入ろうとする俺に困った顔をするアロイス。
店に入る前にユーティと話をしていたので、わざわざ気づいて出てきてくれた。
アロイスの髪の色は俺の瞳の色と似ている。
青みがかった灰色だ。無害が服を着て歩いているような善人顔。
十三歳ながらにそこそこ大柄なのはパンを焼いているからだろう。
「ここのパン屋もメッツィラ商会だろう」
「プロセチア家の方にお売りするようなパンは置いておりません」
「毎朝届けてもらっているけれど?」
「店に置いているものとは違うのです」
申し訳なさそうに頭を下げるアロイス。
あくまでも彼は低姿勢を崩さない。
俺はそんなアロイスを無視するように店内に入る。
店の中にいた客は俺とユーティを見て、そそくさと去っていく。
貴族の子供など庶民からしたら恐怖の対象だ。
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