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009 人は手に入らない場所に焦がれてしまう1-2

「クロトさまはどうして直接いらっしゃったのかしら」    白に近い金髪と青灰色の瞳の侯爵家の一人息子。  クロト・プロセチアは七歳だったはずだ。  五歳のあの惨めな気持ちを忘れるために自分よりも年上の貴族を何度となくやりこめてきた。  それが、七歳に負けた。  戦うこともなく一瞬で負けた。  私が騎士であったのなら頭を下げて剣を捧げたに違いない。  一目見て彼が特別なのだと分かった。  本物の貴族とは彼のことを言うのだろう。  まとう空気が違う。  下品な笑みを浮かべる快楽主義者が持ち合わせることのない本物の気品。  彼が居なくなった店内は未だに緊張が満ちている。    職人気質なオヤジさんですら、彼の言いなりになっている。  貴族嫌いなオヤジさんが万が一をしでかさないために私が急いできたのだが、険悪な空気はなかった。  口では追い払おうとしていたが、オヤジさんの本心でないのは分かっていた。  クロトさまに王都一番のパン焼き職人ということは、国で一番ということだと言われて心の底から喜んでいた。    オヤジさんの弟は王宮で陛下のためにパンを焼いているらしい。  それを誇りにしながらも、どこか引け目に思っていたのだろう。  性格上、王宮料理人になどなれないと分かっていても憧れはある。  人は手に入らない場所に焦がれてしまう。    歌で生計を立てられない。  それを分かっていても、歌うことをやめられない。  だから、アロイスがパンを焼いていることが歯がゆくなる。  早く商人としての経験を積んで欲しい。  カッツェロのクズが勢力を広げる前に次のドンはアロイスなのだとみんなに知らしめてもらいたい。 「三日に一回、来てくれって」  嬉しそうなアロイスにいい加減にしてくれと怒鳴りつけるのは私の役じゃない。  オヤジさんが許可したことを私は止められない。

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