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010 自分の仕事に誇りを持っている1-2
「彼に困ったところがないわけでもない」
「アロイスの、こまったところ……?」
「彼が侯爵家に来てから約七年間で七人の使用人が行方不明になる」
平均すると一年に一回というペースは速いのか遅いのか。
とくに最初の二年間ほどで五人を殺して屋敷の隅に埋めている。
俺の発言にユーティの顔色が悪くなる。馬車に酔ったのだろうか。
「彼はとても優秀で、自分の仕事に誇りを持っている。……だから、自分の料理に毒を盛る人間を決して許せないんだ」
俺の言葉にユーティは口を開けっぱなしにする。
令嬢として間抜けな顔だが、かわいいので許される。
あごの下を撫でてあげると意識してユーティは口をすぼめた。きゅっと音がするようだ。
「最高の食材を最高の方法で最上の料理に仕上げたのに給仕係に毒を入れられたら、それはもう生ごみだ」
「毒を盛ろうとした人間をアロイスは始末していたのですか?」
「そうだよ。俺たちを彼は人知れず守ってくれていた。ただね、理由があっても殺人というのは揉め事だ」
ユーティは重々しく「はい」とうなずく。
以前に何かあったのかもしれない。
「アロイスの行動が正しかったとしても『揉め事』それ自体を貴族社会は容認しない。とくに俺たちを取り巻く事情をアロイスは知らなかったからね。食事に毒を盛ろうとした使用人を殺して埋めてなかったことにした」
アロイスの立場として、問題が起きたらそれを理由にメッツィラ商会が首を突っ込んでくる。
侯爵家に迷惑をかけないようにという名目で実家に引き取られることになる。アロイスが一番恐れていたことは、殺人が露見することにより、俺たちに食事を提供することが出来なくなってしまうことだ。
こういう言い方をすると驚くほどの忠臣だが、アロイスの殺人は自動的らしい。
俺が毒を盛られたことに怒って殺人を犯すのではない。
料理を穢されたことに腹を立てて毒を混入した犯人を衝動的に殺してしまう。
殺した瞬間のことは覚えておらず、目の前の死体をどうにかして処分しなければならないと必死になったという。
アロイスの性格を考えると料理を台無しにされたことへの怒りだけではなく、料理が俺の口に入らないことへの怒りもあったのかもしれない。
ともかく、アロイスは料理に毒が入ると料理を台無しされたことへの強い怒りに支配されてしまう。
「毒感知の才能を持っているのかもしれない。あるいは自分が作った料理に手を加えられると気づく才能か」
ユーティが微妙な顔をするので「塩コショウや調味料を入れてもアロイスは怒ったりしないよ」と伝える。
むしろ、味を変えるためにいくつもの薬味を取り揃えてくれる。
体調や気分で食べたいものが変わることをアロイスは知っている。
「アロイスは俺たちにおいしく食べて欲しいだけなんだ。殺人によって毒殺犯を排除するのはよくないかもしれない。けれど、彼は心の底から俺たちにおいしいものを提供したいだけだ。自分が食事を提供する、その時間と空間を守りたかっただけだ」
もちろん、俺か父に殺人の告白をさっさとして欲しかった。
そうすれば、もう少し早く組織を追い詰めることが出来た。
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