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013 恋する乙女は脈絡がない1-2

 侯爵家の権力を振りかざすのは、警戒心と疑心暗鬼からくる防衛反応だ。  揉め事が起きたとしてもユーティは悪くない。  妹の中身が年相応ではないと期待しすぎた俺が悪い。   「ルトガーは女性のあつかいに長けています」 「…………そうか」    全裸で俺に踏みつけられている姿から、色男だという主張は受け入れられないかもしれない。  父は使用人のことをティメオに任せているので、ルトガーのことなど把握していない。  貴族は使用人に興味などない。  興味を持つとするなら一夜の退屈しのぎだ。  父は母にしか興味がないので、男でも女でも使用人に夜の相手を求めない。    他の貴族たちの奔放ぶりを知っていると父の性欲を疑うところだが、人生が二度目ともなれば枯れても仕方がない。  政略結婚で嫁いできた母が自分を見限るはずがないと調子に乗って痛い目にあったらしい。  時間を戻してからは、遊び歩くこともなく母を大事にしている。  仲がいい両親の姿しか知らないので、陛下やティメオから父のやらかしを聞くのは楽しかった。   「ルトガーは、ユーティを、ユースティティアを強い女性にするという名目で、傲慢で高飛車な令嬢へと成長させます」 「あのユーティが?」    そんなことが可能なのかと驚く父に三歳のユーティを思い出す。  幼い妹は世界のすべてに怯えていた。  使用人としての範囲を超えているが、ルトガーがおこなった教育はユーティの心をある意味で助けたかもしれない。  他人を攻撃するというやり方で不安や不満を吐き出していいと教えたのだ。   「ユーティのためやプロセチア家を陥れるために指示されて動いたのなら、何も言いません」 「……阻止すべきではないのか?」 「やりすぎはよくありませんが、侯爵令嬢として胸を張って強気な態度は必要でしょう」    ゾフィアとメティーナと縁が結べたのなら、ユーティの心は安定するだろう。  気が強いのは悪くない。ただ周りを見ずに立ち振る舞うのは愚かなことだ。  第二王子であるカールと結ばれるのなら、求められるのは愛らしさでも従順さでもなく賢さだろう。  王家に嫁ぐのであれば愛玩されようと思ってはいけない。  愛されて大切にされるかは自分の振る舞いによるかもしれない。  どんな人格を持っていても侯爵令嬢であるのだから、ユーティはひどいあつかいを受けないだろう。  だが、一方的にかわいがられたいのなら、カールを選ぶべきではない。  カールがユーティと結ばれて、いずれ王位に就くのなら横にいるユーティはカールの足を引っ張ってはいけない。  たとえ無能であったとしても、他人にバレないようにする小賢しさは必要だ。    庶民は王家を崇拝する。  庶民は貴族に憧れを持つ。    崇拝する王族の不祥事など許せないし、醜悪な貴族への反発も強い。  以前、庶民を友と呼んで近づきすぎてフォルクは殺されかかった。  自分が第一王子であることを理解していたら庶民に身分など明かさない。  フォルクは親しくなった相手に自分の正体を明かすことが誠実であると考えていた。  真実を口にすることは必ずしも誠実なおこないではない。  立場があまりにも違う相手とは友情を育むことなど出来ない。  高貴な人間は気軽に下々の者と関わってはいけない。お互いに不幸になるだけだ。    ユーティにも同じ立場の貴族の令嬢を紹介したいところだが、以前に何かがあったのか令嬢を苦手にしていた。    商人の家の娘と執事の孫娘なら問題はないはずだ。  貴族の令嬢ではなくともユーティに不釣り合いなほど教養がないわけではない。  彼女たちはある意味でユーティよりも頭が回るので、一緒にいて得るものばかりだろう。   「毒も使いようと言うのは陛下の口癖だな」 「毒を薄めて病気の治療に使うのはよくある話では?」 「……その通りだが、そういうことが言いたいのではない」    俺は父が何かを言いたげでありながら言葉にしない姿に覚えがあった。  陛下にからかわれている時と母に口喧嘩で負けた時だ。  口下手ではない父が陛下と母には勝てない。   「ルトガーを踏んでいる理由でしたが」 「言わずに済ませる気かと思った」 「この男は、幼い子供に罵られたり、乱暴されたり、辱められたいという願望を持っています」    父が「息子が何を言っているのか理解できない」という顔になった。  これは俺ではなくルトガーの性癖に問題がある。

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