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014 俺がやるしかない1-2
自室でティメオと向かい合う。
ティメオはもちろん俺に説教をするつもりでいる。
七歳とはいえ、次期侯爵家の当主になる人間が護衛もつけずに王都を歩き回っていいはずがない。
馬車を操る御者はあくまでも御者。従者や護衛ではない。
ユーティが嫌がるからそばに人間をつけていないとはいえ、護衛がゼロではないと今の俺は知っている。
七歳の俺は知らないので、ティメオに叱られたら反省しただろう。
「ティメオ、どうして祖父に父にあるいは俺に助けを乞わなかった」
大人として、執事として俺をいさめようとしていたティメオは当惑する。
出鼻をくじかれたようなティメオ。
七歳のころには分からなかった執事の老いや保身。
父はティメオを信じ切っていた。祖父も同じだ。
俺は信じてはいたが、ティメオの昔の色彩を聞いて孫娘であるメティーナを連想して、探りを入れた。
ティメオの仕事ぶり自体は忠臣だったからこそ、発覚が遅れ、対処も遅れた。
以前の記憶がある分、五年以上の時間は短縮できる。
その分だけ、逆に取りこぼすものが出てしまうかもしれない。
俺自身とユーティの幸せを考えて動く分には、そこまで気にすることでもない。
「クロト様、何をおっしゃっておられるのでしょう」
「俺が叱られないためにお前を煙に巻こうとしていると感じるか? それとも、理解できているか?」
「……時間をお戻しになられたのですか?」
「ティメオの身に起きたことは把握している。ならば、ユーティの件と合わせて、答えは分かるな」
ティメオは祖父の代からプロセチア家に尽くしてくれた忠臣だ。
今回に限らずプロセチア家に長く務める執事として、自分たちの力になるようにと働きかけてきた人間はいただろう。
誰かが誰かを利用するのはよくある話だ。
ティメオはその誘いを断り続けていた。
プロセチア家を裏切るようなことはできないと誠実であろうとした。
「孫娘を自分が引き取り育てたい。侯爵家当主である父に願えばすぐに叶うことだ」
それが出来なかったのは、孫娘が持つ色彩が自分と同じものだからだ。
貴族は色が変わらない。
ティメオが妻に迎えた女は使用人だが、父親はどこかの貴族。
そのためティメオの娘も孫娘も色が変わらない。
ちょうど孫娘の話を聞く少し前にその妻も亡くなっている。
仕事に就いている息子たちにも相談できずに罪滅ぼしのように金銭だけを与え続ける。
「孫娘が幸せであったなら、それでいいと思い続けているのか、本当に?」
「クロト様がお戻りになられたということは――」
「その上、お前の事情をよくよく知っている」
ティメオの表情は土色になった。
自分が何をしてしまったのかを悟ったのだ。
このぐらいならいいだろうと不正とも言えないことをした。
本来なら誰に批難されるいわれもない。
当主である父から与えられた範囲の権限しかティメオは使っていないのだから、裁かれるいわれがない。
だが、忠臣だからこそ間接的に、将来的に、あるじに不利益になることをしたことが許せない。
「今はまだ何も起こっていない。そういうあつかいにできる」
「ですが」
「もう一度聞く。なぜ、馬鹿馬鹿しい取り引きに応じた? どうしてプロセチア家を信じなかった」
「信じてっ! 信じております!!」
心臓を押さえるようにしてティメオは声を絞り出す。
「この地にやってきたからの生活のすべてが、プロセチア家の方々のおかげ! ならばこそ、これ以上を求めることなど」
「いいや、お前は孫娘をかわいがることができない自分を知られたくなかったのだ。父や祖父や息子たちに。だから、よその国に追いやってしまった娘の末路や孫娘の現状を自分だけの中にしまい込んだ」
俺の糾弾をティメオは重く受け止めた。
ティメオを追い詰めるために話を始めたわけではない。
目的は他にある。
思った通り、この段階でのティメオに説得の必要はない。
お前の事情は分かっていると抱え込んでいるものに理解を示せばそれでいい。
以前は、状況が状況だったので、ティメオは分かった上で罪に罪を重ねていた。
プロセチア家を裏切ったとしても孫娘のためだという大義名分に酔っていた。
すでに裏切り者の烙印が捺されているのなら、完全な悪になってもいいと動いていた。
罪の重さを愛と呼んでいた。
メティーナはそれを愚かと呼びながら、心の隅で喜ぶ自分が居るのだと教えてくれた。
ティメオの遺志を継いで、メティーナはプロセチア家に仕えてくれた。
優秀な忠臣といえるメティーナだったが、それはティメオを失ったからこそかもしれない。
以前と同じだけの忠誠心は望めないかもしれないが、構わない。
メティーナの成長を考えれば、ティメオは必要だ。
「侯爵家当主と共に忙しくしている息子や家庭を持つ安定した暮らしをしている息子に言えないこともわかっている。それでも、息子に言えないのならせめて、父にあるいは俺に言うべきだった。愚痴の一つ、不安の一つ、言えない関係でもないだろう」
主従というのは絶対だ。超えられない線がある。
従者はあるじの信頼を裏切ってはいけない。
弱音を吐くような従者を頼りにするあるじはいない。
ティメオが個人的な事情を話さなかったのは正しい。
プロセチア家の人間に時間を戻す力がなかったのなら、正しいことをしていた。
「ユースティティアが戻ってきたのだと判明した際に隠し事をしないように話したはずだ。自分は関係ないとなぜ勝手に判断した?」
ユーティの過ごした世界での出来事と俺の過ごした世界での違い。
大きいものは俺の配置だ。
俺がどこにいるのかの違いで世界の在り方は変わっている。
だが、変わらないものもある。
それが、ティメオを使っての不穏分子の流入。
「まあ、細かいことは父にでも話すといい。……とりあえず、ルトガーを呼んでくれ」
俺が何をするのかわからなかったとしても、今やティメオは俺には逆らえない。
未来で犯すことになる罪を俺が知っているのだから、俺に従うしかなくなっている。
◆◆◆
「――それで、ティメオにルトガーを裸にさせて、メッツィラ商会で購入したラップで全身を拘束しました」
「何が何やらだ」
父が渋い顔をする。
おかしい。
陛下はこの言い回しで、父を納得させていた。
「七歳では大人をラップで拘束できないのでティメオや他の使用人の力を借りました」
「私の疑問はそこにはない。理由だ。動機だ。……いいや、それは、この男の性癖に由来するのかもしれないが、なぜお前がこの男の性癖を満たさなければならない?」
父は根っからの貴族主義なので、使用人は使うものであると思っている。
もちろん俺も同意見だが、道具ではなく人間なので、より使い勝手がいい状態にするために手入れも必要だ。
たとえばルトガーは乳首責めをし続けると知っている何もかもを簡単に白状する。
一部の貴族にもいる快楽に弱いクズだ。
ルトガーの借金の原因も幼い少年少女に罵られるために作られていた。
自分の娘に悪態を吐かれたいがために食事をまともに与えない異常者だ。
ユーティには近づけたくないので、俺がやるしかない。
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